7日に投開票された東京都知事選では、政党や大きな組織の支援を受けない前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が166万票近くを獲得し、立憲民主党や共産党などが支援する前参院議員の蓮舫氏を抑えて2位に躍り出た。石丸氏の票を押し上げたのは、動画投稿サイト「ユーチューブ」などを介して広まった支援の輪だ。蓮舫氏と明暗を分けた石丸氏のネット戦略とは―。(佐藤裕介)

◆ユーチューブチャンネル登録者数は石丸氏が圧勝

 「お友達に手当たり次第に石丸伸二の動画を送り付けてください!」  石丸氏は選挙期間中、数多くこなした街頭演説で、自身の動画や写真を撮ってラインで知人に送信するよう呼びかけた。ユーチューブの個人チャンネルにも動画を頻繁にアップした。  安芸高田市長時代から、市議や記者らと鋭く対立する動画などがネット上で人気を集めていた石丸氏。5月上旬にX(旧ツイッター)のフォロワー数が30万を突破し、選挙期間中には50万超まで伸ばした。5月に開設したユーチューブチャンネルの登録者数は30万を超え、当選した小池百合子氏の4000人弱、蓮舫氏の1万人を引き離した。

◆「切り取り民主主義の台頭」

 東京新聞などが実施した当日出口調査では、ネット上の情報に多く接しているとみられる若年層(18~29歳)の投票先は、石丸氏が約42%で、小池氏の約27%、蓮舫氏の約15%を大きく上回った。

畠山理仁さん

 「選挙ウオッチャー」として全国各地の選挙戦をルポした著作で知られるフリーライターの畠山理仁(みちよし)氏は、石丸氏が善戦した今回の選挙戦を「『切り取り民主主義』の台頭を感じた」と総括する。  畠山氏は石丸氏の演説について、「『政治屋の一掃』といったフレーズが分かりやすい」ため、一部を切り取った動画を作りやすいと指摘。そうした動画は再生回数が稼げるため、さらに多くの配信者が演説に集まる。これまで政治に接点のなかった有権者には、石丸氏が「政治的な初恋の相手」となり、無党派層のファンが拡大したとみる。

◆「切り取り動画の戦い」に対応できなかった蓮舫氏

 一方、蓮舫氏の街頭演説については「最後まで聞くと少子化対策、若者対策など具体的な政策が語られているが、そこまで深く聞く人は一部にとどまった」と話し、「切り取り動画での戦い」に対応できていなかったと分析する。  「蓮舫氏を知る人にとっては親近感を持つ動画の配信もあったが、外部向けのキャッチーな発信が少なかった。無党派層に広げていく戦略が見えなかった」とも語った。

◆ワンフレーズだけで評価される政治には危うさも

 石丸氏のネット戦略の「成功」を印象づけた今回の結果を受け、今後さらにネットを駆使した選挙戦が活発化する可能性もある。  畠山氏は「ワンフレーズが切り取られ、それだけで評価される政治は危うい」とした上で、「情報を発信する側も工夫が必要で、受け取る側も意識的にさまざまな情報に接していく必要がある」と指摘する。

 ネット選挙運動 2013年4月の公職選挙法改正で、同年7月の参院選から解禁された。候補者や政党、有権者が選挙期間中、ウェブサイトやX(旧ツイッター)、ユーチューブなどを使った運動をできる一方、有権者はメールを使った運動を禁止されている。

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◆「従来の手法だけでは有権者の心を動かせなくなっている」

早大の遠藤晶久教授(本人提供)

 早稲田大の遠藤晶久(まさひさ)教授(投票行動論・世論研究)の話 東京都知事選では、既存の政治の在り方を変えたいという有権者の支持が、政党基盤を持たない石丸伸二氏に向かった印象だ。現職に挑んだ蓮舫氏も既存政治からの転換を訴えたが、国政での与野党の対決構図を都政に重ねるなど党派色の強い戦いを展開したことで、無党派層への広がりを欠いた。  石丸氏は国政の構図と距離を置き、有権者との距離を縮めることに力を入れた。代表的なのはSNSの使い方で、立候補前から個人の動画チャンネルで人気を博しており、有権者と双方向でやりとりした。投票率の上昇も石丸氏の戦術が影響したとみるのが自然だ。  今回の結果は、国会議員が並んだ街頭演説や組織票固めなどの従来の手法だけでは有権者の心を動かせなくなっていることを裏付けた。自民党は知事選では姿を隠せたが、次期衆院選では党名を隠しては戦えない。石丸氏の健闘は裏金事件による政治不信とも地続きだ。野党も自民批判だけでは有権者は納得しないことを冷静に受け止め、政治に不満を持つ人にメッセージを届ける方法を追求すべきだろう。 

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