「田んぼダム」をご存じでしょうか。
長野県内ではまだ馴染みがないものの、お隣、新潟県は全国的な先進地として普及が進んでいます。
「田んぼダム」の狙い、そして現状を取材しました。


眼下に千曲川、そして善光寺平を望む千曲市の姨捨の棚田。

1500枚もの田んぼが水を湛え、青々とした稲を育てています。

その千曲市内で、2022年から試験的な取り組みが始まりました。

鍵となるのは田んぼの水の出口です。


千曲市農林課・竹内正軌(たけうち・まさのり)さん:
「ここで水が出る量を調整しているということで、こういう板と日常的な管理の板が2枚入っている仕組みになっています」

設置されているのはふだん水位を調整する板と、小さな穴が開いたまな板のような別の板です。

竹内さん:
「ここの水がこれよりもあふれた時に、あの穴を伝って少しずつ流れていくような感じになっています」
「出ていく量が少ないということは、貯まる量が多くなって、この中で水が外へ出ていく量が調整できるというような形になっています」

雨が集中的に降った時に、出ていく水の量を制限して、水をため込むのが「田んぼダム」です。

注目されたきっかけの一つが、5年前の台風19号災害でした。

県内では19人の災害関連死を含めて24人が死亡。

被害額は県内で2,766億円、全国では1兆8,800億円に上りました。

この台風で、水害のある特徴が浮き彫りになりました。

伊藤記者:
「午後2時46分です。いま佐久市から避難勧告が出されました」

2019年の10月12日と13日に県内を襲った台風19号。

佐久市で雨が降り始めたのは12日の未明から。


昼過ぎから雨脚が強くなり、午後3時過ぎの時点で、観測史上1位となる1時間あたり35ミリを記録しました。

台風の接近で、県内全体が暴風域に入ったのはこの日の午後5時ごろ。

しかし、日付けが変わる頃には嵐自体は過ぎ去り、月明りも出ていました。

下流の長野市の雨の量と水位の記録を見ると、長野市でも13日の未明には雨が止んでいました。



一方で、上流で降った雨が千曲川に流れ込み、水位は遅れて上昇。

中野市の立ヶ花観測所では、午前3時20分ごろ、過去最高を記録しました。

長野市の長沼地区で、千曲川の水が堤防を乗り越えたのは午前1時過ぎ。

明け方には、堤防が決壊し、濁流が住宅などを襲いました。

台風が過ぎ去った後に、堤防を乗り越えた水の被害が広がっていったのです。

こうした事態を受けて、国が提唱し始めたのが、「流域治水」という考え方です。

洪水を防ぐための治水ダムや遊水地、堤防など、水害防止に特化した施設だけでなく、利水ダムや校庭、そして田んぼなども活用して、上流から下流まで、さまざまな方法を組み合わせた災害対策です。

「田んぼダム」はそのうちの一つです。


あくまで机上の計算ですが、県内の水田の面積は合わせて3万1,000ヘクタール。

ふだん5センチの水を張っている水田に20センチまで水を入れた場合、余分に貯められるのはおよそ4,600万トンと膨大な量になります。

その仕組みは、長野市の浅川ダムと同じで、いわば「小さな穴あきダム」といえるもの。

国が行った田んぼダムの実験では、集中豪雨の際に、下流に流す水の量を一定に保ち、そのピークをなだらかにすることができました。

こうした取り組みの先駆けとなったのが、お隣の米どころ新潟県です。

上越市三和地区では、2015年に取り組みを開始。


10アール当たり300円という補助金が出ていますが、それ以上に、防災対策への理解が広がってきたといいます。

米ヴィレッジさんわ・高嶋拓也さん:
「田んぼの多面的機能の中の一つですよね。ただ稲づくりだけでなく、いろんなことに役立っているっていうことで、やりがいにもつながっている」

一方で、地元の農家は試行錯誤を重ねてきました。

米ヴィレッジさんわ・五十嵐隆一さん:
「稲わらやなんかが、ここへ詰まっちゃうんですね」

土木工事の仕事もしてきた五十嵐隆一さんは、配管の工事で使う「仮止めキャップ」という部品を活用しました。

実際に田んぼをみせてもらうと…。

五十嵐さん:
「これですね。こういう風な感じで私らのところは、みんなやってます。最初、先ほど言ったように板でやりましたよね。そうすると皆さん取っちゃうんですよ、みんな詰まっちゃうから。私らもこれ3回目、4回目ぐらいでやっとこれがいいかなっていう感じでなったんです」

水を止める器具は、一度、設置すれば特に管理は必要なく、コメの生育にも影響はないといいます。

記者:
稲は水が余計に貯まっても影響はない?
五十嵐さん:
「全然問題ないです。ないです。たとえば本来ならこれが半日くらいで抜けるのを
田んぼダムをすることで1日かかったりはありますけど、全然問題ないです」


全国的には、北海道や新潟県を中心に広がりをみせている田んぼダム。

県内ではまだほとんど普及していませんが、導入の課題となるのは、農家の間のコンセンサスや協力だといいます。

水害を防ぐために、流域が一体となった取り組みが求められています。

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