太陽の光が届く水深3~4メートルの海域。本来いたはずの生き物の姿は見当たらない=石川県輪島市の鹿磯漁港で(鍵井靖章さん撮影)

 能登半島地震で観測史上最大の海岸隆起があった半島北部の沿岸に、本来いるはずの生き物が消えた異様な海域が広がっていることが、北陸中日新聞の潜水調査で分かった。地震からおよそ半年、マイワシが群れ、ワカメが揺れる豊かさが戻る一方、今なお付着生物が育っていない岩礁が点在していた。調査に加わった生物学者は「隆起と津波が『死の世界』を生んだ。元通りには少なくとも3~5年はかかる」との可能性を示す。(前口憲幸)

◆「ワカメの繁茂なく、ウニやサザエもいない」

太陽の光が届く水深3~4メートルの海域。岩肌に藻類はなく、フジツボの死骸が白く張り付いていた=石川県輪島市の鹿磯漁港で(鍵井靖章さん撮影)

 地殻変動に伴う生態系への影響を探ろうと、本紙は地層や海洋生物に詳しい金沢大学のロバート・ジェンキンズ准教授(47)=地球生物学=のほか、国内第一人者の水中写真家鍵井靖章さん(53)=神奈川県鎌倉市=らとチームを組み、2日間の調査を実施した。  国土地理院によると、1923年の関東大震災では約2メートルの隆起だった。今回の能登半島地震による隆起は最大4メートル超で、被害が顕著な石川県輪島市の沿岸に入った。  漁船の座礁が相次いだ鹿磯漁港では、周辺の水深3~4メートルでイワシ類やタイ類の回遊を確認。ただ地震でせり上がった岩肌には藻類やフジツボ類の死骸が張り付き、生命はほぼ確認できなかった。

帯になって光るマイワシの群れ。真下に広がる海底には藻類のない岩肌が確認された=石川県輪島市の鹿磯漁港周辺で(鍵井靖章さん撮影)

 ジェンキンズ准教授は「太陽の光が十分に届く水深だが、一年生のワカメの繁茂さえなく、ウニやサザエもいない。隆起による海洋環境の急変と津波の影響で従来の多様性が失われ、復活の兆しがみられない」と懸念した。

◆崖崩れで大量の土砂や巨岩が流入

水深5~6メートル。この海域では隆起してなお豊かな生態系が残されていた=石川県輪島市の猿山岬周辺で(鍵井靖章さん撮影)

海底に転がる生命感のない岩石(中央)。崖崩れは沖合20~30メートル、水深5~6メートルの海域にまで到達していた=石川県輪島市の猿山岬周辺で(鍵井靖章さん撮影)

猿山岬周辺の大規模な崖崩れ。土砂や岩石の海への突入が確認された=石川県輪島市で(山谷柾裕撮影)

 一方、断崖絶壁が海に面する猿山岬の周辺では、崖崩れによる大量の土砂が海に流入。沖合20~30メートルにまで到達していることも分かった。現場はワカメが揺れ、多様な生き物がいる水深5~6メートルの岩礁が広がるなか、生命感のない巨大な岩がなだれ込んでいた。  2011年3月の東日本大震災で津波被害があった東北の海にも定期的に潜る鍵井さんは「大規模な自然災害で何が起きたのか、起きているのか、自分の感性を信じて撮影した。研究者による科学的な分析を加え、沿岸生態系のデータとして役立てたい」と話した。

水深5~6メートルで繁茂するワカメ。この海域では海底が隆起してなお豊かな生態系が残されていた=石川県輪島市の猿山岬周辺で(鍵井靖章さん撮影)

 本紙は今後、記録した写真や映像の解析を進め、能登半島・外浦の生物多様性について検証する。

被災した能登半島の海で生物多様性を調査するロバート・ジェンキンズ准教授(左)と鍵井靖章さん=石川県輪島市の猿山岬周辺で(山谷柾裕撮影)

 本紙の潜水調査 被災した石川県・能登半島の海洋環境を探るため、水中写真家の鍵井靖章さんや各分野の研究者らと連携。3月には甚大な津波被害が出た珠洲市や能登町に入り、海底で沈没船や多数の生活用品を確認。七尾湾に生息する野生イルカの撮影に成功した。大規模な隆起があった輪島市の沿岸は6月18、19両日に調査した。



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