熊本県内唯一の定時制商業科の高校に通う、68歳の生徒がいます。50年遅れの青春に密着しました。
同級生は孫世代「高校3年生」
熊本県立水俣高校定時制は、夕方6時前に1限目の授業が始まります。全学年合わせてわずか18人の中に、ひと際目立つ生徒がいました。
森下敦(もりした あつし)さん、68歳。この学校に50年遅れで入学した高校3年生です。
水俣高校 定時制3年 森下敦さん(68)「周りは孫みたいな年代ですもんね、おじいちゃん感覚でおります」
4人のクラスメイトは、森下さんのことを何と呼んでいるのでしょうか?
クラスメイト
「森ちゃんッス」
「森ちゃん」
みんな、親しみを込めて「森ちゃん」「森じい」と呼んでいます。
機械には弱いけど「凄い人」
森下さんの一番苦手な授業は、ノートパソコンを使う「調べ学習」。商業科では必須科目です。
先生「森下さん、クロームブック(ノートパソコン)はありますか」
森下さん「ありますよ!ありますけど…使い方がよくわからない」
すると、森下さんはロッカーから辞書を持ってきました。
森下さん「漢字のど忘れがひどいんですよね」
――パソコンで変換したら出そうですが?
森下さん「出るけど、また今の画面を消さなくては…」
機械にめっぽう弱い森下さん。同級生がお手伝いして何とか乗り切っています。
クラスメイトの山本翔さん(17)からは、厳しめの一言も。
森下さん「50年遅れで高校に入ったからみんなとの学歴の差が大きくなった」
クラスメイト「そこをなんとかするために高校に入ったんでしょ」
森下さん「そうね」
クラスメイト「そこらへん頑張っていこう」
クラスメイト 山本翔さん(17)「森下さんのことは“普通の生徒”として見てるので、特別扱いはないですね」
森下さん「高校入学した時には、最初はみんなが怪訝な顔だった。私がこんな顔をしているもんですから。でも2か月後にはみんなベラベラしゃべるようになりました」
学校で最年長の森下さんにとっては、先生だって年下です。“若い世代”の生徒たちからはどう見られているのでしょうか。
2年生の生徒「若者よりも元気な感じしてる。すごいです、本当に」
山本さん「仕事と学校を両立できる凄い人ですかね」
一方、トランプで遊びながらジェネレーションギャップを感じる会話が出てくることも…。
森下さん「ハートのエースは、キャンディーズだった」
生徒「なにそれ?」
毎日張り切って勉学に向かい、いつも笑顔が絶えない森下さん。今でこそ若者たちにとって刺激を与える存在ですが、入学を決めた2年前までは違っていました。
「フクちゃん農園」の由来
熊本県水俣市の山あいで暮らす森下さん。日中は、水俣市と隣町の鹿児島県出水市に点在している農園を行き来し、有機栽培で作物を育てています。
農園の名前は「フクちゃん農園」です。
森下さん「妻の名前がフクヨで、みんなから「フクちゃん」と呼ばれていたからから、そのまま『フクちゃん農園』にした」
最愛の妻・フクヨさんとは40年前に結婚し、子ども3人を授かりました。フクヨさんとは、何をするにも、どこへ行くにもいつも一緒でした。
しかし2年前、フクヨさんはがんでこの世を去りました。
森下さん「妻が亡くなった時に、守れなかった悔しさと申し訳なさで…自分の髪の毛を剃り落としたんです」
悲しみに明け暮れる日々の中で、森下さんは残りの人生を悔いなく生きることを心に決めます。そして、心残りの一つになっていたことが「高校を卒業すること」でした。
森下さん「学校へ行くのを楽しみにしているんですよね。学校に行けば1人の時間じゃなくなるから」
孫世代の同級生たちとの学びは、今の森下さんにとってかけがえのない時間です。
力を合わせて「一緒に青春している」
5月に行われた「みなまた物産展」。毎年、定時制商業科の生徒は地元の飲食店や企業と協力してスイーツなどの商品開発を行い、販売しています。今年は水俣産の玉ねぎや菊芋を使った惣菜パンを2か月かけて開発しました。
森下さん「商品っていうのはスーパーの特売みたいに盛ってあるのがいい、あれが手に取りやすいのよ」
販売はすべて生徒たちだけで行い、森下さんは集客を担当しました。
客「定時制の先生ですか?」
森下さん「先生に見えますでしょ?校長でも何でもない、生徒です」
愛嬌を見せながらの接客の甲斐あってか、売れ行きは好調でした。
森下さん「みんなで力を合わせて頑張ろうというのが、一番楽しみです。一緒に青春しているのを感じています」
定時制高校は4年で卒業を迎えます。3年生になったばかりの「森じい」の”青春”は、まだこれからも続きます。
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