野鳥の調査や保護を長年続けてきた岡谷市の男性が、自宅で所蔵しているおよそ3000点の剥製を国の博物館へ寄贈する準備を進めています。
貴重な剥製の数々と、鳥と共に歩んできた男性の思いを取材しました。


長野県原村の森の中に立つ「八ヶ岳美術館」。

展示ブースでは8日から始まる企画展に向け、急ピッチで準備が進められていました。

並べられているのは「鳥の剥製」です。

林正敏さん:
「一世紀前の貴重な標本類ですね」

展示会の名は「世紀を超えた鳥類標本の全容」


林正敏さん:
「二百数十種、2400点すべて持ってきました」

卵などの標本も合わせ、3000点にも上る所蔵品を展示するのは、岡谷市の林正敏(はやし・まさとし)さん。

日本野鳥の会の諏訪支部長を40年にわたって務めたまさに「鳥博士」です。

自宅で案内された部屋には、標本の箱が積み上げられ、引き出しの中にもぎっしりと剥製が保管されていました。

林正敏さん:
「かつては自分の自室なんですが、現在はもう標本に埋まってしまって、いわゆる標本室になってますけれども」


多くが明治から大正にかけて県内で捕獲されたもので、1世紀以上たった今も鮮やかな色彩が残っています。

林正敏さん:
「一般的な展示用の標本を『本剥製』。これに対し学術的に資料価値のあるものを『仮剥製』という。義眼が入ってなく、寝かした状態で剥製にしてある。太陽のもとでさらしておくと色が消えてしまうが、保存が良ければ何年でも持ちますね」

所蔵しているのは松本市の実業家で鳥獣調査員としても活動した高山忠四朗(たかやま・ちゅうしろう)や、上諏訪町長などを務めた金井汲治(かない・きゅうじ)などが採集した鳥の剥製で、その多くは45年前に譲り受けたものです。

今では捕獲できない国の天然記念物や、絶滅危惧種といった貴重な剥製も含まれています。

林正敏さん:
「ライチョウですね、ライチョウも9点あります。ライチョウが捕獲できたのは大正時代。詳細な食性調査をしたことがあって、季節ごとに年間通してどういうものを食べているかそれを調べた」


「これはオオワシ。1893年2月、諏訪の湯の脇で採取されたやつ。これ諏訪湖に来たオオワシなんですがね。こうしたものは実際今見られるわけですから、非常に貴重だと思いますよね」


オオワシは林さんにとって思い入れのある鳥でもあります。


今から25年前、林さんは、諏訪湖で衰弱して動けなくなっているオオワシを保護し、自宅で介護したことがありました。

林正敏さん:
「特にこのオオワシの場合は国の天然記念物だし、数が極めて少ない。だから貴重な鳥を何とか助けようと思った一念でしたがね」

林さんの手厚い介護の甲斐あって、元気になったオオワシは保護からおよそ1か月半ぶりに大空に放たれ、北の大地へと飛んでいきました。

以来、オオワシは19年間、冬を越すために毎年諏訪湖に帰ってきたのです。

林正敏さん:
「翌年に帰ってきて、初めて北方へ行って生活をして戻ってくるわけですから、完全に野生に復帰したと。そのときはやっぱり一番の喜びでしたね」

小さなころから鳥に親しんできたという林さんはその魅力をこう語ります。


林正敏さん:
「鳥というのは長い長い地球の歴史が生み出した素晴らしいもの生き物だと思うんですよね。綺麗な声で鳴きますよね。また姿も美しい。だから、絵画的でもあるし、音楽的でもある。そういう生き物ってのはこの鳥がやっぱり一番なんですよね」

鳥を思う気持ちはカラフルな剥製にも。

近年、林さん自身が作ったインコやオウムの剥製です。


林正敏さん:
「ペットショップなんかでね、鳥が亡くなると、それがそのまま廃棄処分されちゃうんですよ。生き物が人間の勝手でそういう処理をされるのも、私はどうかと思いまして、そういうものをもらって、これを子どもたちのですね、学習の教材として作ったんですが」

剥製の学術的価値の高さを訴えてきた林さんは、90年代に諏訪地域などの小中学校や高校の標本を調査しました。

天然記念物などの貴重な剥製も、埃をかぶったり、羽が抜け落ちたりするなど放置されているケースがあり、学校教育に生かされていないと感じたといいます。

林さんは今回の展示会のあと、標本をすべて茨城県つくば市にある国立科学博物館へ寄贈する方向で準備を進めています。


林正敏さん:
「現在あるものをぜひ最大限に生かしてほしいというのは私の願いなんですが」

45年間大切に守ってきた3000点の剥製。

貴重な財産として未来へつなげてほしいと林さんは願っています。

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