■"ダメ元"覚悟の応募で「藤井八冠VS豊島九段」名人戦の開催地に決定

 将棋界の伝統あるタイトル戦の一つといえば「名人戦」です。5月26日と27日の2日間「名人」初防衛をかけた藤井聡太八冠に、豊島将之九段が挑む「第82期名人戦七番勝負」第5局が、北海道オホーツク海沿岸のマチで開催されました。

「名人戦」第5局の開催地は、人口2万人あまりの北海道紋別市。オホーツク海に面した"流氷のマチ"として知られ、豊富な海産物に恵まれています。

5月25日、対局の前日に藤井八冠は、空路でオホーツク紋別空港に到着。普段は、静かな地元の空港ですが、この日は、駆けつけた大勢の将棋ファンらで大賑わい。

オホーツク紋別空港に到着した藤井聡太八冠(5月25日)


札幌から紋別空港に駆けつけたファン
「札幌から4時間かけて来たけれど、感激で言葉が出ないです」
開催地の紋別市民
「"にわかファン"だけど、紋別にスターが来ることが嬉しい!」

紋別に到着した後、藤井八冠と豊島九段は市内の観光地を訪れ、アザラシと戯れるなど、すっかりリラックスしたムード。

将棋界きってのスーパースターがやって来ることは、もちろん、地元にとって歴史的ともいえる大イベントなのですが、今回はそれだけではありません。

アザラシと触れ合う藤井八冠と豊島九段(5月25日・北海道紋別市 アザラシシーパラダイス)


紋別市は今年、市制70周年を迎える節目の年です。それだけに「名人戦」の開催地となったことは、自治体のメモリアル行事としても、とても意味深いことでした。

そんな記念すべきタイミングに、どうして紋別市は「名人戦」の開催地となることができたのか。

実は、伝統のタイトル戦である「名人戦」は、日本将棋連盟と新聞社で作る実行委員会が、"七番勝負"を展開する開催地7か所を『公募』して選んでいます。同じように「竜王戦」の開催地も公募です。

紋別市では「名人戦」開催地の『公募』を知った、将棋好きの職員が発案。

"ダメ元"覚悟で応募したところ、さまざまな条件をクリアして、名人戦【藤井八冠VS豊島九段】第5局の開催地に選ばれたというのです。

ダメ元覚悟で【公募】に手を挙げて「名人戦」第5局の開催地に…(紋別市総務部 石田明久秘書課長)


紋別市総務部 石田明久 秘書課長
「70周年という節目の年を今年迎えるので、役所の中で将棋に造詣の深い職員がいて"名人戦"公募をやってみるかと…」

「"ダメ元"なんですけど、応募してみましょうということになって。名人戦の開催地に選ばれて、感激ひとしお…それに尽きる」

「名人戦七番勝負」は、いずれかが先に4勝すれば、そこで決着。今回のシリーズでは、東京・大分・千葉・羽田空港のターミナルで第1局から4局までが行われ、藤井八冠は3勝1敗の成績。


紋別開催の第5局で、藤井八冠が豊島九段を退ければ「名人」初防衛となる注目の対局だったのです。

【藤井聡太八冠VS豊島将之九段】第82期「名人戦七番勝負」第5局(北海道紋別市)

札幌から応援に来た将棋ファン
「藤井八冠には、紋別で初防衛を決めていただけたら嬉しいけれど、豊島九段も素晴らしい棋士なので、巻き返してほしい気持ちもありつつ…やっぱり豊島九段には眠ったままでいたほしいと思ったり」

そんな注目の【藤井八冠VS豊島九段】第5局は、対局2日目の夜、藤井八冠が99手で豊島九段に勝利して、見事「名人」初防衛を果たしました。

藤井八冠が対局2日目に99手で豊島九段に破って「名人」初防衛を果たす(5月27日・北海道紋別市)







■将棋のタイトル戦で恒例の「勝負めし」「勝負おやつ」…紋別でも。

多くの人たちが、将棋界のスーパースターの対局を固唾をのんで見守る一方、タイトル戦で注目されるのが『勝負めし』や『勝負おやつ』。

第5局の開催地となった北海道紋別市でも、自治体や開催の関係者らが、地元ならではの名産品で、藤井八冠と豊島九段をもてなそうと、準備を進めてきました。

「勝負めし」「勝負おやつ」を楽しみにしていると前夜祭で話す藤井八冠(5月25日・北海道紋別市)



藤井聡太八冠(25日)
「対局時の食事やおやつが、紋別市内の店から提供いただけるということで、大変楽しみにしております」

紋別市は、対局で提供する『勝負めし』『勝負おやつ』を市内の飲食店から募って37品を用意。メニューブックにまとめました。

対局1日目(5月26日)の“午前のおやつ”として、藤井八冠と豊島九段の2人が選んだのは「紋太くん塩バターどら焼き」です。

頭にのせたホタテがチャームポイントで、紋別のキャラクター“紋太くん”の焼き印が入った"店頭のみで販売"されている地元の名菓。

メニューブックによれば、オホーツク産の小麦で作った生地に、バターと塩味をきかせた粒あんをはさみ、抜群に美味しい紋別自慢の「どら焼き」とのことなのですが…。

藤井八冠と豊島九段に選ばれた”勝負おやつ”「塩バターどら焼き」

“塩バターどら焼き”を作る高砂屋菓子舗 渡邊孝博代表
「2人に選んでいただいて、すごく嬉しいです。すでに店には“ネットで買えないんですか?”とか問い合わせが入っているんですけれど…店頭でしか販売していないんです」

地元の紋別市民は…
「焼き印が可愛いから、もしかして藤井八冠が選ぶかもなんて、周りの人たちと話していた」

”勝負おやつ”に選ばれた直後から問い合わせが相次ぐ「紋太くん塩バターどら焼き」(北海道紋別市)



取材ディレクター
「粒あんとバター、そして塩のバランスが絶妙でおいしい」

続いて対局1日目の昼食では、2人はどんな『勝負めし』を選んだのかというと…。

藤井八冠は、地元の“ズワイガニ”をふんだんに使った、海鮮りん食堂が提供する「紋別産ずわい蟹いくら重」をチョイス。

豊島九段は「オホーツク海鮮丼」と、ともにオホーツクの海の幸を選びました。

「名人戦」第5局初日の昼食に藤井八冠と豊島九段が選んだ”勝負めし”

藤井八冠が選んだ「勝負めし」を提供した海鮮りん食堂店主 林明さん
「選ばれて嬉しいのと、藤井八冠はカニが食べたかったのかな。紋別に来たらカニだったのかな…と、嬉しかった。もともとフードコートで“カニ飯弁当”をやっていて、その豪華版にして重箱に入れて、イクラを乗せた」

藤井八冠が勝負めしに選んだ「紋別産ずわい蟹イクラ重」を提供した海鮮りん食堂店主 林昭さん

■「名人戦」「竜王戦」の開催地は公募で決定…選ばれるポイントは?

ファインのみならず、開催地を大いに盛り上がる将棋のタイトル戦。その熱い戦いが繰り広げられる開催地を決める『公募』とは、どういうものなのでしょうか?

『公募』条件のポイントは次の通りです。

《「名人戦」公募の条件とは…!?》
「名人戦」にふさわしい対局場と宿泊施設。
大盤解説会と前夜祭ができる施設が周辺にある。
将棋を通した地域活性化や話題性などを考慮して決定。

「第82期名人戦七番勝負」第5局は、紋別市にある「ホテルオホーツクパレス」が会場となりました。実は、このホテルでは今から20年前の2004年にもタイトル戦の一つ「王位戦」が開催されています。

当時のトップ棋士である羽生善治さんと、谷川浩司さんと対局です。

「名人戦」第5局の会場となったホテルオホーツクパレス。20年前は「王位戦」の会場に(北海道紋別市)




そうした実績もあって「名人戦」に"相応しい対局の場所"という『公募』条件も、問題なくクリアできるのではないか…。そう考えた紋別市は、去年10月、「名人戦」開催地の『公募』に手を挙げました。

そして、今年2月【藤井八冠VS豊島九段】名人戦七番勝負・第5局の開催地に、見事選ばれたのです。

地元の将棋クラブ
「まさか紋別の地で名人戦…それも、いま全盛期の藤井八冠が来るとは、夢にも思わなかった」
「"紋別って将棋が盛んなんだなぁ"と認識を新たに持ってもらい、紋別の将棋人口が増えてくれると、子どもたちにとって非常にありがたい」

第5局の開催決定を受けて、紋別市、商工会、飲食店などが実行委員会を結成。開催に向けて、さまざまな準備を進めてきました。

ただ一つ…地元・紋別の関係者たちは、とても大きな心配を抱えていました。

■4勝すれば決着の「名人戦」。開催が"幻"と終わらないかの心配も…

"七番勝負"の「名人戦」は、いずれかが4勝すれば、そこで決着。つまり、それ以降の対局は開催されず"幻の対局"と終わってしまいます。

紋別市総務部 石田明久 秘書課長
「私ども紋別は“第5局”なので、祈るような思いで第4局までの勝敗を見守っていた。今回、紋別市での開催が決まって、私たちにとってはある意味"奇跡が起きたな…"という思いでした」

紋別市で関係者たちが気を揉む中、第5局まで勝負がもつれた今回の「名人戦」。地元にとっては紋別で藤井八冠が「名人」初防衛を果たすという嬉しい結果となりました。

「名人戦」第5局の勝利から一夜明けて…(5月28日・北海道紋別市)

「名人」初防衛を果たした藤井聡太八冠
「内容的に苦しい将棋も少なからずあったので、その中でなんとか結果を出すことができて、ほっとしたという気持ちが今期の場合は強いのかな」

ところで、もしも今回の「名人戦」が第6局、第7局までもつれたとしたら、どこで開催される予定だったかというと…。

開催が幻に終わった「名人戦」第6局と第7局の開催地

《今回は開催が"幻"と終わった「第6局」「第7局」》
●「第6局」の開催地…愛知県名古屋市で6月11日・12日に予定していた。
●会場は亀岳林万松寺。
●愛知出身の藤井八冠を迎えたかった地元。
●記念の御朱印やグッズなども準備。
●「名古屋めし」を提供する店ともメニューの打ち合わせが進められていた。

●「第7局」の開催地…山形県天童市で6月25日・26日に予定していた。
●会場は天童ホテル。
●天童市は"将棋の駒"の生産日本一のマチ。

藤井聡太八冠の存在もあって、ますます将棋人気が高まる中「名人戦」や「竜王戦」の開催地に応募する自治体も、増える傾向にあるとのことです。

ただ、勝負の行方次第では、"幻の対局"に終わってしまう可能性があるだけに、開催地の関係者は、将棋のタイトル戦をヒリヒリとした思いで見守っています。

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