2023年のコンサートで演奏する伊藤裕子さん=本人提供
◆「どうせ私は…」手放しかけたピアノ
伊藤さんが突然の嘔吐(おうと)など体調不良に襲われたのは2022年3月。1カ月後、ステージ4の小腸がんと分かり、医師から「治療をしても余命は1年ほど」と告げられた。「全てを諦め、どうせ私は死ぬのだからと、生きることを手放すような気持ちだった」 福井県で開くピアノ教室を休講し、入退院を繰り返す日々。投薬治療の副作用で指先に痛みやしびれが出て、ピアノに向き合う気が起きない時もあった。 支えとなったのが、看護師の傍らピアノの演奏活動を続ける佐藤さん。2人は17年、音楽の都ウィーンでピアノ演奏などを学ぶ2週間の短期留学で知り合った。若い学生の参加が多い中、「年齢が近く、子どももいて働きながらピアノを続けている者同士、意気投合した」と佐藤さん。帰国後も伊藤さんが上京した際に顔を合わせた。◆励ましで再起、指導も再開
2人の出会いやコンサートについて話す伊藤裕子さん(左)と佐藤史子さん
佐藤さんの励ましもあり、少しずつ日常を取り戻した。ピアノも再開し、「何か目標がないとつぶれてしまいそう」で、各地のコンクール出場を目指して練習を始めた。1年半で10回以上のステージに立った。昨夏は個人演奏会も開いた。 今は治療を続けながら、約30人の生徒を教える。体調のよくない日もあるが、「ピアノに向き合う時間は病気のことを忘れられる」という。そんな姿を佐藤さんは「病と副作用と闘いながら演奏するのは並大抵ではない。彼女の生き方をサポートしたいし、その頑張りを多くの人に知ってほしい」と話す。 今年8月、オーストリア・ザルツブルクの演奏会に参加し、2人でピアノを演奏する。その前に東京でと、今回のコンサートを企画した。モーツァルトやドビュッシーなどの全6曲を、ソロとデュオで披露する。◆ショパンに思い重ね「諦めなかったから、今日がある」
曲目に入れたショパン(1810~49年)の「舟歌」は、伊藤さんが病を得て捉え方が変わった曲だ。ベネチアのゴンドラ漕(こ)ぎの歌を基にした作品とされ、寄せては返す波のように、美しく雄弁に語るメロディーが特徴という。「39歳で早世したショパンの晩年の曲。死を悟りながらピアノに向かうショパンが、今の私に寄り添ってくれているように感じる」 余命を告げられて、2年以上が過ぎた。「言葉ではなく音楽で、思いを伝えることができたらうれしい。聴いてくれる人の感覚で私の状況を受け止めてもらえたら」と演奏を続ける。 「生きることを諦めなかったから、今日がある。この先の自分がどうなるか心配すればきりがないけれど、目の前の1秒を輝かせることに全力を尽くしたい。こんな人生があることも知ってほしい」 ◇ コンサートは6月29日午後7時から、荒川区東日暮里の「日暮里サニーホール」で。2500円。定員100席。事前予約は東京国際芸術協会=電03(6806)7108=へ。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。