仕事場の定められた座席や部屋をなくす「フリーアドレス」。業務空間の効率化と対話・交流の活性化が進むとされ、民間企業のほか、コロナ禍を経て自治体の導入も加速してきた。だが、大学で研究や学生の教育に支障が出たとして、教員が損害賠償を求めた訴訟も。利点だけではないこの仕組み、どう捉えるべきか。(西田直晃)

◆個人研究室撤廃に教員が反発

 「誰もが自由に出入りするスペースでは、騒々しく研究に集中できない。論文が盗用され、学生の個人情報も流出しかねない」

フリーアドレス化した机で打ち合わせをする大学職員=2021年、金沢大で

 冒頭の訴訟で、原告側代理人を務める西野裕貴弁護士はこう語った。被告の梅光学院大(山口県下関市)は2019年、改築した新校舎から教員の個人研究室を撤廃し、開放的な構造のオフィスを1階に設けた。「人と人との多様な交流」を実現し、「教職員が一体となって学生を育てる」と示してきたが、教員の一部が反発した。  一審に続き、今月15日の控訴審判決でも「大学側に広い裁量がある」と原告の訴えは棄却されたが、上告する方針という。大学側は「主張が認められた。今後もより良い教育・研究環境の整備に努める」とコメントしている。

◆そもそもはムダ削減のためだった

 大学のフリーアドレスは「職員同士の連携を深める」として金沢大が事務室の一部で導入しているが、西野弁護士は「教員も対象となったケースは他に例がない。『適切な研究環境の確保』という労働契約が無視されている」と話す。  そもそも、フリーアドレスはどういう経緯で国内に広がったのか。   ニューオフィス推進協会(東京)によると、2000年以降に増加した外資系企業が、オフィスに要する費用を削減するために相次いで導入した。竹森邦彦事務局長は「外回りの営業職が多い場合、昼間は事務所のデスクのほとんどは空席になる。最初は無駄をなくすためだった」と説明。00年代後半以降、電子端末の小型化なども企業のフリーアドレス化を後押しした。

◆雰囲気だけで効果が出るわけではない

 「近年は働き方改革の流れに対応し、業務の内容やその日の気分に合わせた空間をしつらえることで、仕事の能率を上げようとする試みが主流になった」と竹森さん。しかし、単純に「オープンな雰囲気を演出するだけで、効果が表れるわけではない」とも。  「会話が進むようなカフェを置いたり、ウェブ会議が可能な空間を確保したりすることが必要」で、それなりのコストがかさむようだ。竹森さんは「都心部の企業なら、従業員1000人以上だと固定席の削減が進むが、500人以下なら共有スペースを増やす必要があり、逆に面積は広くなる傾向にある」と話す。

◆コロナ禍…自治体も環境が整う

 そんな中、コロナ禍でテレワークが普及し、フリーアドレスを採用できる環境が自治体にも整った。東京都は3年前から、25年度をめどに本庁舎のフリーアドレス化を掲げる。地方都市でも「風通しの良さ」「活発な意見交換」を強調し、一部の部署を移行させている。  ただ、自治体のフリーアドレスも良いことばかりではない。東京市町村自治調査会(府中市)は22年に市町村職員向けに行った調査で「企画部門や総務部門では導入しやすい傾向がある一方、窓口を中心とする部門では、住民との距離の近さに伴う弊害、個人情報保護の観点から懸念があるのではないか」と言及している。  役場では住民と直接触れ合い、申請書類を扱う機会が多い業務もある。大学教員と同様、仕事内容によっては導入に議論の余地がありそうだ。 

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