「本当にこの国であったことなのか」。資料を読み進めるうち、あまりのことに絶句した。  昨年11月20日、群馬県桐生市で生活保護制度の根幹を揺るがしかねない問題が判明した。当時、50代だった男性は健康上の問題から働けなくなり、生活保護を利用した。桐生市福祉課の担当者は男性に毎日のハローワーク通いを命じ、それを確認できたら窓口で1日千円を手渡ししていた。1カ月分を足しても満額の半分以下でしかない。男性を支援する群馬司法書士会副会長の仲道宗弘司法書士が、市へ改善を申し入れたことで明らかになった。

群馬県桐生市が生活保護受給者から預かっていた印鑑の一部。市によると総数は1948本に上った=一部画像加工

 法で決められた額を支払わないことが、現実に起きた。しかし、市の担当者は直後の記者会見で非を認めず、私を含む報道陣と押し問答になった。「行政権の裁量だ」と言い切った幹部すらいた。  結局、荒木恵司市長が謝罪コメントを出したのは10日後だ。事の重大性に対する認識が甘すぎた。その後も本紙の報道で外国籍女性への大幅な支給遅延や、市が利用者から預かった印鑑の書類への無断押印など、違法性が高い事例が相次いで明らかとなる。  桐生市を監査する立場にある群馬県の動きも鈍かった。市の保護者数、保護率は2011年度から右肩下がりを続けていた。近隣自治体にない特異な現象で、いわゆる「水際作戦」で申請を拒んだり、保護開始後もさまざまな理由を付けて保護廃止へ追い込んだりしたためではないかと推測できたはずなのに、毎年の監査は見過ごしていた。  市と委託契約がない一般社団法人が、金銭管理と称して20代男性の利用者から保護費が振り込まれる銀行口座の通帳を事実上取り上げ、月3万円ほどしか支払わなかった問題を昨年末に本紙が指摘した際には、県健康福祉部の担当者は認知能力が乏しい高齢者に一般的に行う金銭管理と同一視し、筆者に「何が問題ですか」と逆質問した。事態の深刻さを理解していなかった。こうした不作為は、桐生市を増長させた一因だ。  自戒と自省を込めて付言すれば、本紙を含む地域ジャーナリズムが機能を発揮しなかった帰結でもある。県内の社会福祉関係者の間では、桐生市の水際作戦の徹底ぶりは広く知られていたといい、野党系市議も議会の質問でたびたび問題視していた。にもかかわらず、全く報じてこなかったメディアの責任は軽くない。ならばこそ、しつこく報じ続けることが問題改善のためには必要だと信じる。  群馬県内で常に生活困窮者支援の先頭に立ってきた仲道氏は3月20日、くも膜下出血で急逝した。58歳の働き盛りだった。仲道氏は生前に「法律家の力だけでは足りない。メディアが世に広く問うことも、行政による理不尽な違法行為を正すに不可欠だ」と、常に背中を押してくれた。今も胸に強く刻まれている。 


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