映画やドラマで「あちらのお客様からです」という定番シーンを見ることがある。バー(bar)のカウンターで、おしゃれなカクテルをスライドさせてマスターが女性に言うあのセリフ。これって現実の世界でもあるのだろうか。東京・西麻布にある老舗のバーで話を聞いてみた。

「あちらのお客様から…」 はマナー違反 そもそもグラスは滑らない

「Bar 霞町 嵐」マスターの竹田英和さん(右)とバーテンダーの山内良太さん(左)

六本木の喧騒から離れた、閑静な住宅街にたたずむ隠れ家バー「Bar 霞町 嵐」。重厚な扉を開いた先に広がるのは、非日常の時間を楽しむ大人の社交場だ。このようなお店なら、あの定番シーンに遭遇できるかもしれない。

「Bar 霞町 嵐」 マスター・竹田英和さん
「よく聞かれるのですが、グラスをシャーっと滑らすのは難しいと思います。プロのバーテンダーを有する正統派のオーセンティックバーにおいて、バーカウンターは、“お店の顔”となる最も重要なアイテムの一つなんです。当店もこだわりの天然木の一枚板を使っているため、節などが邪魔をしてグラスが引っかかってしまいます。

逆に海外のバーカウンターは、プラスチック製のものが多いので、グラスが滑りやすい。海外映画のワンシーンでそういった光景を見ることがあるので、イメージはそこから来ているのではないでしょうか」

グラスをシャーっと滑らせてお酒を提供するのは、あくまでも映画などの演出であり、天然木のカウンターで真似をすると、グラスが逸れて周りに迷惑がかかってしまうかもしれない。避けた方がいいようだ。

ちなみに「あちらのお客様から…」というセリフについて、竹田さんは言わないこともないという。例えば、シャンパンを開けたときに、お客様のご希望で周りのみなさんに「ふるまい酒」としてお配りする際のお声がけで使うことがあるそうだ。しかし、むやみやたらに女性に1杯ごちそうする行為は、マナー違反になるという。

竹田さん
「バーは、出会いを求めるものではなく、お客様それぞれが楽しんで過ごしていただく場所です。むやみに会話に割り込んだり、話しかけたりするのはマナー違反になります。けれども誰かと楽しく会話をしたいなという気分になるときもありますよね。そういうときは元気でにぎやかなカジュアルバーを選ぶなど、その時々の気分に合うお店を色々と見つけていくのもバーの一つの楽しみ方ですよ」

どのような場所でも周囲への配慮は必要だ。ところで、これも勝手なイメージなのかもしれないが、「私に似合うカクテルをお願い」というオーダーは、マナー的にどうなのだろう。

初めて会ったのに 「私に似合うカクテルをお願い」 無茶なお願いのキーワードは“暖色系”

「あちらのお客様から…」と同様に、バーに訪れた女性がバーテンダーさんに「私に似合うカクテルをお願い」という場面をドラマで見たことがある。実際、こんな無茶なお願いをされたら、バーテンダーさんはどう対応するのだろう。

竹田さん
「冗談でおっしゃる方はいます。でも初めてのお客様から、そのようなお願いをされると、好みがわからないので難しいですね。その場合は、普段飲まれているお酒を伺って、基本的に暖色系の色のお酒を作ります。もし尋ねられても『華やかな方なので!』『明るい方なので!』と言えますからね」

誰も傷つけない、優しいやり取りだ。竹田さんによると『バーテンダー』とは諸説あるものの、「バー(bar)+テンダー(優しい人)」という意味があるという。その言葉を表すかのように、竹田さんは接客をしながらお客様の情報をキャッチし、優しく応対していくのだ。

一方、常連になると、「今日はこんな感じのお酒が飲みたいのではないか」とイメージができるそうなので、晴れて常連になったあかつきには「私のイメージで作ってくださらない?」と冗談めかして言ってみるのもいいかもしれない。では常連って、何回、お店を訪れると認めてくれるのだろう。

竹田さん
「私が考える常連さんとは、この人の人生を見ていきたい、そして(その人の)人生の最後には棺桶にお酒を入れたいなと思う人です。

バーとは、お客様と個人対個人で長くお付き合いをすることだと思っています。しかし、転職や転勤、また結婚や子どもが生まれたなど、人生には色々な転機がありますよね。

その転機によってバーで過ごしていただく機会に波があることもありますが、私たちはその波の中でお付き合いをさせてもらうんです。久しぶりにご来店いただいたときは、とても嬉しくなりますね。バーを長く続ける意味はそこにあると思います。長く続けなくてはいけませんね」

取材を終え帰路に向かう途中、またここで夜を過ごしたいなと思った。『近くに行きつけのbarがあるけど、1杯どう?』なんて言える日が来るときのために最低限のマナーだけは身につけておこう。

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