12月3日夜、韓国の尹錫悦大統領が、非常戒厳(=戒厳令)を宣言した。その6時間後には解除されたが、その後も混乱が続いている。12月9日にRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長は、戒厳令の後の北東アジア情勢についてコメントした。

日本にとっても歓迎できない混乱

韓国国会は12月7日、尹大統領に対する弾劾訴追案を採決にかけたが、成立せず、弾劾案は廃案になった。尹大統領は職務に留まるが、韓国社会の混乱が続く。一度は宣布された戒厳令の後の、北東アジア情勢を展望していこう。

私はこの1週間、韓国の周辺の国々は、韓国で起きていることをどのように見つめ、また受け止めているか、考えてきた。尹錫悦政権が誕生して以来、日韓関係は概ね改善する方向に進んで来た。韓国政治の混乱、社会の混乱は日本にとっても歓迎できないはずだ。

日米韓の足並み乱れる? それでも戸惑う中国

中国はどうだろう。中国は基本的なスタンスとして、近い将来、今の尹錫悦政権に比べ、より中国と融和的な政権が韓国で誕生することを願っている。

尹錫悦大統領の支持率が、20%を切った要因の一つに大統領の夫人、金建希(キム・ゴンヒ)さんにまつわる様々な疑惑が指摘されている。具体的には、知人の会社の株価操作に加担したとされる疑惑、選挙に出馬する与党候補の公認選びに介入した疑惑…などがかけられた。また、知人から高級ブランドのバッグを受け取ったとして非難を浴びた。

中国の国営メディアは、今回の戒厳令発布の前から、この大統領夫人に関するスキャンダルを詳しく報道していた。なぜなら、習近平指導部が進める腐敗撲滅・汚職追放という政治キャンペーンと連動するからだ。

韓国で起きている事態は、中国国内に向けても、よい材料だった。おかしなことに、自分の国の現職の大臣や、トップクラスの軍人が更迭されても、その理由すら説明しない中国なのに、隣の韓国での政治スキャンダルについて、中国メディアは詳細に報道してきた。

一方、日韓関係の改善、米韓同盟の強化という流れの中で、日米韓の3か国が北朝鮮を脅威とみなし、安全保障で連携を強化する。その動きには当然、中国の海洋進出も視野に入っている。3か国の緊密化は、中国にとっては警戒すべきことだった。

今回の韓国の混乱は、日米韓3か国の足並みの乱れにもつながるはず。だが一方で、中国も戸惑っている面があると私は思う。

米国大統領にトランプ氏がカムバックする。11月11月、南米ペルーで2年ぶりに中韓首脳会談が開かれた。トランプ次期大統領は、中国、韓国を含む全ての国からの輸入品に追加関税を課すと主張している。実現すれば、低迷する中国経済への打撃になる。トランプ氏の大統領就任を前に、自由貿易の維持しようと、足並みをそろえたわけだ。

韓国内の混乱をほくそ笑む? 北朝鮮

韓国政治が不安定になるのを、北朝鮮はどう見ているのだろう?

尹大統領は、戒厳令の根拠として「北朝鮮の主張に従う勢力を撲滅する」と説明した。「北朝鮮の主張に従う勢力」とは国会における野党を指す。韓国の野党勢力が北朝鮮に融和的とされるからだ。国会運営がうまくいかないことを、「北朝鮮の主張に従う」ことと結びつけるのは、理解しにくいが、当の北朝鮮は、韓国内の混乱をほくそ笑んでいるのではないか。

北朝鮮は数か月前から、韓国を「敵対国家」と強調している。平和的な南北統一という主張からの転換にみえる。これに合わせて韓国との間を結ぶ、道路や鉄道を爆破したが、これら一連の北朝鮮の行動に対し、中国は苛立っているだろう。

その背景には、北朝鮮がロシアとの関係を緊密化させていることがある。12月4日、ロシアと北朝鮮の2国間で、軍事援助条約が発効した。北朝鮮はすでに、ウクライナに侵攻するロシアを支援するため、兵士を大量に送り込んでいる。見返りに、ロシアからミサイル技術をもらっているとの分析もある。

中国とロシアは表面上、良好な関係を築いているが、それぞれに思惑がある。中国にとって、北朝鮮は自国の安全保障上、重要な存在であり、一方で厄介な存在でもある。その北朝鮮がロシアに過度に接近するのは歓迎できないし、韓国に対する挑発行為も看過できない。

韓国が混乱すれば、北朝鮮にさらにプラス材料を与える――。そんな懸念を中国は持っているだろう。その意味でも、中国は今の韓国国内、南北朝鮮関係を注視せざるを得ない。

台湾にとっては“タイミングが悪過ぎた”韓国の混乱

最後に、この地域のプレーヤーの一人として、台湾は韓国の混乱をどう見ているのだろうか?

「戒厳令」という3文字に、韓国の国民と同様、最も敏感に反応したのが台湾の住民だろう。戦後、台湾も、韓国も長く軍事独裁政権が続いた。台湾では1987年7月まで、38年間もずっと戒厳令が敷かれたままだった。今の自由な台湾からは想像できないだろう。だから、今回、韓国で起きた出来事に思いを寄せた台湾住民は少なくないはずだ。

「台湾防衛」という観点からみれば、尹大統領が進めてきた日米韓3か国による安全保障上の連携強化は、中国の脅威に直面する台湾にとって心強い。一方で、トランプ次期大統領は、「台湾は米国に対して防衛費を払うべきだ」と発言してきた。「トランプ再登場」で先行きが不透明な今、韓国の政治混乱は歓迎できないはずだ。

もう一つ。台湾の頼清徳総統は12月6日まで外遊した。今年3月の就任後初めて。南太平洋の3つの国を訪問したが、その途中、わざわざハワイとグアム、つまり米国にトランジット訪問した。トランプ政権の誕生前に、米国との関係を重視する姿勢を、この外遊で示したわけだ。

台湾が正式な外交関係を持つ国は中国の圧力によって減少し続け、現在、世界でわずか12か国しかない。それだけに頼清徳総統の外遊、とりわけ米国へのトランジット訪問は、海外のメディアから注目を集めたいところだった。ところが、同じ東アジアの韓国での、突然の戒厳令発令によって、影が薄くなってしまった。タイミングが悪過ぎるという一面も指摘できるだろう。

韓国の政治、社会の混乱はしばらく続く。周辺の国々の今後の外交にも、影響していきそうだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。