103万円、106万円、130万円、50万円。昨今国会やメディアで論じられる“壁”だ。手取りを増やし、働き控えをなくすメリットと、大きな財源を必要とするデメリットとのせめぎ合いが続くなか、改めて年金制度に関心が高まっている。“百年安心”と謳われている日本の年金制度、実は世界の年金ランキングでは65位だ。この年金制度の中で最もあえいでいるのが高齢の単身女性だという。その現実を取材した。

「朝7時50分のバスで行って帰りは最終バス」

現在65歳の平均年金受給月額は、男性14万9000円であるのに対し女性は9万3000円だ。この5万円以上の差がもたらした現実として、65歳以上の単身女性の貧困率は実に44.1%に上る。

番組が訪ねたのは東京新宿区にある都営団地のひとつだ。自治会長に聞いた。

戸山ハイツ西地区自治会 矢沢正春 会長
「女性は長生き…。今後も一人暮らしが増えるんじゃないか…。周辺でも80過ぎて働いている人は圧倒的に女性が多い…」

現在3300世帯が入るこの団地。住民の55%が65歳以上だ。今働く高齢女性が急増しているという。その一人を訪ねる。

介護ヘルパーとして働く遠藤シマ子さんは10年前に夫に先立たれ一人ここに暮らす。家事をこなす姿からは87歳には見えない。30年に亘り会計事務所などに勤務したが2か月ごとに受給する厚生年金は20万円に満たないという…。

介護ペルパー 遠藤シマ子さん(87)
「(年金は)少ないですよ。20万切るってことは月10万以下ってことでしょ(中略―――今の仕事は)朝7時50分のバスで行って帰りは最終バス。夜9時20分のバスで帰ってくる。(仕事は)途中1時間休憩があるけど一般家庭に入って介護しているから休みはあってないようなもの…」

1日12時間労働、これを週に2日。介護は体力も使い重労働だ。

介護ペルパー 遠藤シマ子さん(87)
「やっぱり働いてなければ大変…。年金だけで生活するっていうのは…。もう年だから、そんなに働くこともできない…(中略)90歳になったら弱ってきますよ。ピンピンコロリンって逝ければ一番いいけどそれもできない…自分の葬儀代くらい出せるお金を残しておければ」

“ピンピンコロリ”は高齢者が度々口にする理想の最期だ。しかしこればかりは思う通りにはいかない…。

次に訪ねたのは「この団地でも私の年代は少ないよ」と高らかに話した90歳の鈴木ハナイさん。7年前に夫を亡くし一人暮らしになった。17年間社員寮の寮母として働き、自分の厚生年金が月7万円、夫の遺族年金が月7万円。

鈴木ハナイさん(90)
「私の年金は医療費・家賃・ガス・水道・電気・電話・新聞で殆どなくなっちゃう」

遺族年金のおかげで何とかやってきたが、体を壊しこの2年間に7回の手術を受けた。今も脊椎に20本のボルトが入っているという。体の自由が利かないため家の中に介助用具を買い揃えるなど出費もかさんだ。便座を高くする調整板を手に取り…

鈴木ハナイさん(90)
「こんなのでも1万円くらいするんだよ。でもこれがないとダメ…。(中略)病院は毎週。金曜日はリハビリね。木曜日は1週おきに整形外科…」

自分ひとりではできないこともあるので訪問ヘルパーにも来てもらう。リハビリと訪問ヘルパー代に月3万円はかかる。だから毎日が節約の日々だという。贅沢はできない。服のひとつも買わない。殆ど3~40年前に買った服を繕っては着ていた。布団も夫と寝ていた頃のままだという。

現役の時は寮母をしていたというが、朝3時から夜まで働きづめで子供が小さい時に遊んであげたことがなかったという。だから今子供に頼れないのだという。

鈴木ハナイさん(90)
「贅沢しないで、少しでも残していかないと今の年金だけでは老人ホームに入れない。やっぱり20万くらいかかるから…。離れて一人暮らしをする娘には迷惑かけたくない。娘の世話になりたくないと思ってる。自分が親として娘にあまりしてこなかったから…」

取材した遠藤さんも鈴木さんも決してレアケースではなく、65歳以上の単身女性の44%以上が同様の現実を負って暮らしている。

「『上乗せ年金』の創設が必要」

30歳で結婚し、子どもを設け、70歳で夫に先立たれ…。または30歳で結婚、50歳で離婚など様々な人生パターンごとに年金額をシミュレーションしてみると、いかなるパターでも男性に比べて女性の年金額は月に5万円前後低い。

年金に男女差別があるわけではなく、男性の方が厚生年金に加入している期間が長いという社会的な事情だ。

生涯独身で厚生年金にも加入経歴を持たない場合は、当然男女同額、月に6万8000円だ。しかし40年国民年金を払い続けた場合であり、未納期間があればその分減額となる。生涯非正規雇用の人はここの分類されるのだが、その数でも男性32.2%に対し女性67.8%と圧倒的に女性が多い。

立憲民主党 長妻昭 代表代行
「深刻なのは団塊ジュニアの女性50~53歳の方々。非正規比率も高いし、就職氷河期で全体的に賃金も低いし未婚率も高い。そういった方々が2040年ごろ老後を迎えた時に生活ができなくなる。間違いなく今のままだとそうなる。(中略)我々は『上乗せ年金』の創設が必要だと…。一定の(低い)年金の方に税金で上乗せする。イギリスでもPension Credit、ドイツでは基礎保障、フランスでは連帯保証といって年金が少ない方に上乗せする制度がある。民主党政権の時に『年金生活者支援金』(財源には4~5000億…)という制度を作った。これを拡充して…」

これには高齢者や女性の貧困を研究する阿部彩教授も賛成する。

東京都立大学 阿部彩 教授
「今の支援金も大変役立っていると思います。一歩進めて『最低補償年金』が多くの国にあります。生活保護は抵抗ある人も多いので生活保護に頼るのではなく、税金で賄ってでもここまでの生活は、国が保障しますという制度…これを作る時期に来ているのではないか…」

「欧米は寿命が延びた分だけ長く働いてもらい、年金制度への負担を中立化」

労働政策や年金問題が専門の昭和女子大学特命教授の八代尚宏氏は、日本の年金制度にはいくつもの間違いがあるという。例えば今注目の“壁”といえば50万円の壁というのもある。

働く高齢者で、月の給与と支給される年金を足して月50万円を超えると超過分した分の半額が年金支給額から引かれるという問題。

高齢者でバリバリ働く人の中に、自分が掛けた年金が減らされるくらいなら、働き控えをしようと思うのも無理はないと八代教授は言う。

昭和女子大学 八代尚宏 特命教授
年金と言いますのは“年金保険”なんです。生活保護のような福祉ではないんです。保険契約というのは保険料払った分だけ貰えるのが本来の姿。昔はもっと酷かった。働いたら年金はもらえなかった。“年金福祉”という考えだった。でも本来の年金保険というのは福祉と関係ない。この今の『在職老齢年金』の考え方自体が間違っている…」

八代教授がそれ以上に日本の年金制度でもっとも正すべきと話すのは年金支給年齢の問題だ。

日本の年金支給開始年齢は65歳からだ。遅らせれば増額されることはアナウンスされてはいるが多くは65歳から受給する。しかし、欧米では寿命の延びに呼応するように年金が支払われる年齢が引き上げられ、現在67歳からとなっている国が主流だ。

日本は世界一の長寿国であり、年金受給者は年々増える一方だ。にもかかわらず支給開始を遅らせるのではなく、支給額を減らすという政策を続けている。

昭和女子大学 八代尚宏 特命教授
「(長寿になって原資の工面を)若い勤労世代にこれ以上の負担はかけられない。高齢者の中で何とかする。その時欧米は寿命が延びた分だけ長く働いてもらい、年金制度への負担を中立化すると…。平均寿命が70代のアメリカが67歳からなのに、日本は65歳にフィックスしたままで毎年給付額を下げて賄おうとしている。これは窮乏化案です…」

ただでさえ低い高齢単身女性の年金までさらに減るかもしれない。それなのにこのことを長年国会で議論すらしてこなかったのは何故なのかと八代教授は怒りをあらわにした。

これまでの既得権益を見直し、今の時代にフィットさせる時、当然利害の対立は起きる。しかしそれを放っておけばもっと事態は悪くなっていく。自分が生きているかどうか分からない先、将来に渡る「この国のカタチ」をどうするのか…政治が国民受けのいい政策ばかりを口にして結局借金を増やし、貧しくなってしまった日本。

たとえ耳に痛い決断であっても国民に示し信を問うのも政治家の矜持であり、実は歴史に残る政治家がやってきたことなのだ。

(BS-TBS『報道1930』11月3日放送より)

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