11月14日のnews23で、介護事業所の経営者自身が高齢化する中、プロに経営を任せて現場に専念しようとM&Aを利用したところ、悪質な買い手によって資金を抜き取られるなどの深刻なトラブルが起きている実態を伝えた。
中小企業のM&Aをめぐっては、M&Aを行ったものの悪質な買い手企業が、▼売り手企業の経営者の個人保証の解除を行わず▼会社の資産を抜き取り▼事業を放置したり失踪したりするなどのトラブルが相次いでいる。
仲介会社の業界団体「M&A仲介協会」がこうしたトラブルを防ぐため10月から悪質な買い手企業をリスト化して共有し、取引を避ける仕組みを作るとしている他、国も悪質な買い手企業を紹介した仲介会社のうち、国が定めた「支援機関」に登録している仲介会社15社に注意をするなど対応に動き出した。ただ、まだ実態が明らかになっていないケースも多く、被害回復も難しいのが現状だ。
こうした状況の中、なぜ介護事業者が狙われたのか?
介護事業者の経営に詳しい東洋大学の早坂聡久教授は、問題の背景に「介護現場がマネーゲームにされている状況がある」と話す。介護業界を取り巻く現状を聞いた。
介護の倒産が過去最多 厳しい経営状況の中でM&Aは増加
ー今年、介護事業者の倒産が過去最多となった。人手不足や物価高などの影響があると見られるが、そんな中でM&Aは増えている。介護業界はどういう局面を迎えているのか。
今年、倒産件数は過去最多となっているが、それは買い手がつかなかった事業所が倒産していて、その何倍も何十倍もM&Aの売り手市場に出ていると考えてもらえたら想像しやすいのではないか。譲渡金額として1円で売りに出ているものも珍しくない。
2000年に介護保険制度が始まり、民間や株式会社を問わず多くの方が介護サービスを提供できることとなり、起業が相次いだ。大手だけではなく、例えば、脱サラしてその退職金で夫婦で小規模な介護事業所を立ち上げるようなケースも多くある。そういった方々が高齢化で、次の世代に自分たちが大切にしてきた事業所を譲り渡したいと考えた時に後継者がおらず、泣く泣く手放さざるを得ないという状況もある。
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M&A調査のレコフデータによると、医療・介護サービス業界で行われたM&A件数は、増加傾向で2023年には149件となっている。
東京商工リサーチの調べでは、介護事業者の倒産件数は、今年1月から10月の間で145件に上り、残り2か月を残した状態で、これまで最多だった2022年の143件を上回る事態となった。人手不足や物価高や燃料代などの運営コスト上昇に加え、2024年の介護報酬マイナス改定の影響が出ている可能性があるとしている。
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ー経営は厳しいがそれでも、M&Aを利用する人が多くいる。買い手にとってどのようなメリットがあるのか
前提として、小規模な事業者が多いため、大きな金額を投資せずに初期費用を抑えた形で介護業界に参入することができる。また、「利用者」とそれを支える「職員」がそろっている状態でもあり、介護施設の設備などもそろっているところから、経営権だけを買うだけで良いというメリットがある。介護の専門知識を持った職員がいるので、専門的な知識がなくても異業種からも簡単に参入できるという特徴もある。
「介護がマネーゲームに」悪質な買い手によるM&Aも
ー異業種から簡単に参入できることは買い手にとって大きなメリットである一方、課題はないのか
買い手の中には、「介護事業に投資する」ということではなくて、コインランドリーをやるとか飲食店をやるとかそのいくつかの選択肢の中で介護を選んでいるだけに過ぎない場合もある。M&Aで経営権を買って、自分が実際に現場に入るわけではないので、現場に任せっきりになる。利用者も職員も自分たちがいる事業所がどうなっているのかもわからない中で、不安な形で経営が続けられているという事業所も少なくない。
利用者がどんな思いで通っているのか、職員がどんな気持ちで仕事をしているのかというところを全く考えずに、介護事業所を売買して利益が上がるかということだけに注力している人はいる。給与も決して高いとは言えず、体力的にも厳しい仕事で、利用者の命を預かるプレッシャーもある。そういった中でも、「介護の仕事が好き」「やりがいを感じる」という人たちの思いを無視した形のマネーゲームになってしまっている要素があるならば、大きな問題だと思う。
介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者には「介護報酬」が支払われる。まとまった資金が定期的に入ってくるという点が、悪質な買い手企業が魅力的に感じる要素になっている可能性もある。
ーその結果、急に閉鎖に追い込まれた事業所もある
利用者の中には介護が受けられなければ、お風呂にも入れない、ご飯が食べられない、命が繋げない人もいる。ある日、経営者が急にいなくなって、事業所を閉鎖せざるを得なくなってしまった場合、職員たちの献身だけに頼らざるを得ない状況に追い込まれる。
ーどのような対策が求められているのか
社会保険料にしても、税金にしても、全て国民の負担の上に成り立っているもの。介護事業所というのはある種、公共財としての役割を担っている。この公共財を食い物にする、踏み台にして何らかの収益を得ようとする人たちからどう守るか。そこには法的な規制や行政の関与も必要になるのではないか。M&Aなどで経営者が変わった事業所の経営状況を、各事業所の管轄している行政の責任で把握する。「ここの事業所が危ない」や「ここの事業所は利用者がすごく減っている」など情報を把握して関与していく仕組みが必要だと思う。その一方で、行政も人手不足で全てに人員を配置できないという点もある。今後の課題だと感じる。
取材後記:
今回のケースでは、警察は捜査できず、行政も閉鎖に追い込まれた介護施設を直接救済することはできませんでした。突如として閉鎖した施設の利用者を守るため、施設の職員が一件一件電話して、受け入れ先を探していました。しかし、最後まで献身的に働いた職員らへの給与は未払いのままです。
労働基準監督署は、会社が倒産していれば「未払賃金立替払制度」に則りすぐに給与の未払いを認めてくれるようですが、経営者が「夜逃げ状態」で姿を消した場合、「確認が取れない」として、未払いをなかなか認めてもらえないケースがいくつもありました。
悪質なM&Aは、それ自体が問題ですが、高齢の利用者や介護に真剣に向き合っている職員に深刻な被害が及んでいることも許されない問題だと考えています。
(調査報道部 小松玲葉)
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