高齢者が多く、店舗も移動手段も少ない。山口県萩市の山間部で、ここに住む高齢者に「おいしいごはんを届けたい」とキッチンカーを始めた女性がいます。「キッチンカーを地域の人が集うコミュニティに」。そんな思いものせてキッチンカーは走り出しました。
「『萩』の人に『お』いしいごはんを届けたい」。そのキッチンカーは『おはぎ』と呼ばれます。今年2月から、萩市内を移動しながらおかずを販売しています。起業したのは、石光稚葉さん。萩市に住む3児の母です。
石光稚葉さん
「では行きましょう。レッツゴー」
平日は毎朝8時に、子ども2人を保育園に送り届けるため、家を出ます。その5時間前、午前3時に起きて「おはぎ」で販売するおかずを作ってからの朝のひとコマです。
このキッチンカー。もともと福祉施設で働いていたときに聞いた周りの高齢者の声が出発点です。
石光さん
「山間部の人たちの送迎をしていて、どんどんスーパーが減ってきているとか、私が住むまちスーパーないんだよねみたいな、でも免許も返しちゃってるし運転は怖いから買い物に行けない、という声を聞いていました」
食材の移動販売は来ます。しかし週に1回。そんな地域で「食のバリエーションを増やしたい」と思いました。
2人で協力し 早朝から準備
「おはぎ」のもう1人のスタッフ、柴川美和子さん。栄養士の資格を持ち、献立を考えます。石光さんは午前4時から、柴川さんが6時から。2人で作ったおかずを石光さんが子どもを園に送っている間に柴川さんが詰めていきます。
柴川美和子さん
「お互いがお互いを元気づけ合っている感じです」
朝早くからの仕事も2人で協力し、補い合っています。
柴川さん
「こうやって一緒に働いて本当に毎日が楽しくて」
子どもを送り終えた石光さんも作業に加わります。2人は短大時代からの友人。福祉施設で働いていた元調理員の柴川さんが、企業理念に賛同し、合流しました。
9時半までに詰め終えて、依頼されている市内の高校3校、萩市西端の三見地区の福祉施設に弁当を配達。その後、急いでこの日の出店場所に移動します。場所は曜日ごとに変え、萩市街地から離れた地域などを巡っています。
この日、向かったのは紫福地区。人口は672人。60パーセント以上が高齢者で、最寄りのスーパーに行くにも車が必要な地域です。
お客さん
「はよきたんじゃけど」
石光さん
「まあまあ、一緒に行きましょう」
人気は日替わりのワンプレートおかず
「おはぎ」で販売するのは、2種類のワンプレートのおかずや単品のおかず。メニューは毎日変わります。季節の和菓子も売っています。人気は、主菜が1つ、副菜が4つのワンプレートで、この日のメインは鶏テキと魚のカレーあんかけの2種類です。
プレートを購入した紫福地区の農家
「ごはんだけ炊いとけばおかずプレートと一緒にっていうのができるので。今ちょうど植え付けの時期なので、それこそ昼休憩があまり取れないときに、こういうのがあるとすごく楽です」
続いて、この日新たに依頼された紫福地区の特別養護老人ホームへ。依頼したのは、この施設の園長でした。
特別養護老人ホーム紫福園 吉冨晋吾園長
「どうしてもここだと周りに買いに行くところがないので、来ていただくと助かりますね。(Q高齢者の方に栄養を届けたいという気持ちでやってらっしゃるってことだったんですけど)はい。同じ福祉をやっている施設としては、やっぱり応援してあげたいなと思いますので」
その後も紫福地区の「おはぎ」を待つ人のもとに赴きます。栄養士が考える献立は、味はもちろん、栄養バランスも好評でした。
購入した人
「ワンプレートを2種類。(Q両方買われたんですか?)はい、両方。いちご大福も」
別の人
「食材が結構野菜を中心にされてるから、いろんな野菜が豊富でね。なかなか自分で車を運転して萩まで買い物に出ることが困難な方とかですね、いらっしゃるので、よかったっていう声は聞きますね」
2人を応援しようと、自身が営む店の前の敷地を貸してくれる人もいます。
店の前の敷地を貸す人
「とにかく若い人がこういうこと始めたっていうのはね、応援してあげたいなって思って」
高齢者の孤独死きっかけに
高齢者の声をもとに立ち上げたキッチンカー。起業の背景には、知人から聞いて知った、高齢者の孤独死もありました。その人は餓死だったと聞きました。
石光さん
「それって何が原因だったの?って聞いたら、年金が少なくてごはんも買えないし、車持ってたけどガソリンも入れることができなかったみたいな。今の時代そういうことがあるんだと思って」
そうした人にも栄養を取ってもらえるよう、ワンプレートのおかずの価格は、物価高騰の中、一律400円に抑えています。
石光さん
「(Q経営面で苦しい部分はないですか?)スタートはすごい苦しいと思います。でも、やっぱり契約が増えていったりとか、助かるよっていう人たちがどんどんどんどん増えていったら、私もハッピーだし、キッチンカーもハッピーになるので。そこを目指して今頑張っています」
前日の買い物で価格抑える工夫も
今はまだ駆け出し。この値段で販売を続けるためには工夫も必要です。
紫福地区での販売を終えて2人が向かったのは「道の駅ハピネスふくえ」。地元でとれた旬の野菜が並んでいます。
柴川さん
「え~、立派なタケノコ」
石光さん
「卵焼きおいしそう」
柴川さん
「あ、タケノコ入りの卵焼き今度したい」
あすの献立を相談しながら、ホウレンソウを買いました。
柴川さん
「ホウレンソウは、あした白あえに使おうと思ってます。ここのホウレンソウは大きくておいしい」
前日に買い出しして安く買えるものからメニューを考えています。
つかの間の休憩後、午後からは、市街地に近い場所での販売です。夕食に1品足そうと単品で買い求める子育て世帯も増えています。食事を届けることのほかにも「おはぎ」が目指すものがあります。
キッチンカーを地域の人が集う場に
石光さん
「婦人会みたいな感じで旅行に行っていたけど今は足が悪くて行けないんだよね、みたいな人もいるので、そういう人たちの会話相手とか、私たちを通じてまた近所の人たちが集まるような場所になれたらいいなと思っています」
会話の場になることです。そのために、客にはお茶を無料で提供することにしています。
お客さん
「まず第1においしい。それとスタッフの方が明るい。なんかすごく元気がもらえるっていうのもすごいいいなと思いますね」
キッチンカーを中心にできる1つのコミュニティ。それが1人で暮らす高齢者の見守りにもつながればと考えています。
石光さん
「行政では多分目が届かないところもあると思うので、そこは協力しながら見守りもしていきたいし、少しでも萩が住みやすい街になるように頑張っていきたいです」
この日、プレート41個と単品おかず4つ、いちご大福は32個売れました。
追加の買い出しをして、キッチンカーでの仕事は終わりです。朝早くから始まった2人の1日。このあと、石光さんは子どもの宿題の手伝いに夕食の準備。柴川さんは本業のキッチンカーとは別の仕事に向かいます。
石光さん
「気をつけてね、おつかれ」
2人の1日はなかなかハード。思いがそれを支えています。「おいしいご飯を届けたい」。「キッチンカーを地域の人が集える場所に」。2人はあすも朝早くからキッチンカーに立ちます。
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