外国人が多く住む東京・新宿区の大久保。そこにある図書館が行っているユニークな取り組みを館長の米田雅朗氏が紹介する。
はじめに
外国人が多い街といわれる大久保。常日頃から、外国の方々と接する機会は多い。普通に外国人の方が図書館を訪れ、普通に本を借りていかれる。時には、大久保図書館でしか見られない光景に遭遇する。
本は生きる力
今でも忘れられない光景がある。2020年になって、コロナ禍が日本を襲った。当時は正体が全くわからず、疑心暗鬼にかられる日々。連日、感染者が増えていく報道に、果たしてこの先どうなっていくのだろうかという不安に苛まれたものだ。
新宿区の図書館も、まずイベントが全面的に中止になった。ほどなくして臨時休館を余儀なくされる。
そして、2020年の7月から、部分的に業務を再開した。まず利用者が予約をされていた本の貸出から始める。
ある時、外国人のお母さんが、小さなお子さんの手を引いて、母語の絵本を借りに来られた。貸出された絵本を手に取ると、片言の日本語で「ありがとうございます」とお礼を言って、笑顔でお子さんと一緒に帰っていかれた。
この時、本は人間にとって、かけがえのない存在であり、「生きる力」となりうるのだと思った。この親子に限らず、日本の方も含めて、この時期は、それこそ「命がけ」で本を借りに来られたていたのだと思う。
「本は生きる力」。平穏な日常にあると、なかなかこのような感覚も鈍ってしまいがちになる。本の大切さを忘れない、本を手にすることのできる日常が、いかに幸せなことなのかを忘れない。感謝の気持ちを失わない日々でありたいと思う。
やはり本は生きる力
コロナ禍前のことになるが、こんな光景もあった。近隣の幼稚園や保育園、子ども園には、外国にルーツを持つお子さんがたくさんいらっしゃる。ある幼稚園では、10人から20人ぐらいのお子さんたちが、先生と一緒にお散歩を兼ねて当館を訪れる。
その時は、図書館の職員が絵本を2冊ほど読み聞かせをして、その後、お子さんたちはひとり2冊まで好きな本を借りていく。みんな思い思いの本を借りていく。韓国のお子さんは、韓国語で書かれた絵本を。中国のお子さんは、中国語の絵本。ベトナムのお子さんは、ベトナム語の絵本というように。ニコニコして、いそいそと借りていく。
ある時、外国人のお子さんが、小学校3、4年生レベルの日本語の本を選ぼうとしていた。不思議に思った先生が「あなた、まだこの本、読めないでしょう?」と聞くと、「これは、おかあさんのために、かりるの」。
おそらく、この子は、日常生活でお母さんが日本語で苦労している姿を目の当たりにしているのだろう。なんとかお母さんの力になりたい、喜んでもらいたいという気持ちから、自分が借りたい1冊を我慢して、その本を選んだのだと思う。「まあ、あなた、なんていい子なの!」と先生。わたしも傍らでこの光景を見ていて、思わず目がうるっと来た。
そう、本は間違いなく、国境を超えて、国籍を超えて、様々な形で、人それぞれにとって「生きる力」となっているのだ。
図書館は安全地帯
日曜日になると、いつもお父さんと一緒に来る、小さな外国人の女の子をよくお見かけした。とにかくお父さんにくっついて離れない。この子はお父さんのことが大好きなんだろうと、端から見ていてもすぐにわかる。お父さんは、いつも女の子と一緒に絵本を読んでいる。
いつだったか、お父さん、くたびれてしまったのだろう。うとうとし始めた。すると、女の子は女の子で、お父さんの傍ですやすやと眠っている。お父さんの傍というだけで、安心しきっている寝顔だ。その時は、周りにあまり人気もなかったので、そっとしておいた。
そう、図書館は「ホッとできる場所」なのかもしれない。
やさしい街に
あるネパール人の方が、ネパールに帰った時に、ネパール語で書かれた本の、おすすめ本を何冊か購入して、その本を寄贈していただいた。大久保図書館の外国語の本の棚に、いわば、ネパール語のおすすめ本が加わったわけだ。
ある時、別のネパールの方がその棚を見て、「あ、この本は知ってます」とおっしゃった。寄贈をした方が、もしもこの言葉を聞いたら、どんなに嬉しく思ったことだろう。大久保図書館は、いろいろな国々の方々のご厚意によって支えられている。このことを、ゆめ忘れてはいけないと思う。
ある外国人の方がおっしゃっていた。「自分が住んでいる街の図書館に、自分の国の言葉の本があれば、自分はその街に受け入れられていると思う」と。大久保という街は、「やさしい街」と思われているだろうか。それを信じたい。
本は人と人とをつなげる
毎年、大久保図書館ではビブリオバトルを開催している。ビブリオバトルとは、参加者がおすすめ本を持ち寄って本を紹介しあい、いちばん読みたいと思った本に、皆で投票するという一種のコミュニケーションゲームだ。当館では、日本人と外国人が集って、おすすめ本を紹介しあうという形式で行っている。
「人を通して本を知る 本を通して人を知る」が、ビブリオバトルの趣旨だが、これに「本を通しての国際交流」という要素が加わる。こう申しあげると聞こえはいいが、ひとつ難点がある。話す言語を日本語にしているため、5分間で本を紹介することが、外国人の方にとっては、ハードルが高くなっている。
それでも、過去、果敢に門をたたいてきた外国人の方がいらっしゃった。いつだったか、日本に来てまだ2か月という方が、ジャック・ロンドンの短編集を片手に飛び込んできた。その彼は、本が好き、その思いひとつで、参加をしてきた。日本語のレベルは推して知るべしだが、それでも思いは十分に伝わってきた。会場の方々の心をつかんだことは言うまでもない。
ある時は、日本語に詰まってしまい、残り時間で、ポルトガル語で歌を歌い始めたブラジルの方もいた。会場は爆笑の渦だった。またある時は、ネパールの方がネパール語で書かれた小説で参加されたこともあった。アラブ首長国連邦の方が、日本の小説で参加されたこともある。逆に日本の方が、アラビア語で書かれた絵本で参加したこともある。
このイベントの醍醐味は、一言でいえば、「本で人と人とがつながりあうことができる」ということだ。本を介して、国境がない状態が生まれている。一冊の本には、人が「生きる力」になるとともに、「人と人とをつなげる力」もあることを強く感じる。
言葉はわからなくても「本が好き」というだけで、人は仲良くなれる。この大久保図書館のビブリオバトルは、今年で10回目を迎えた。いろいろな紆余曲折を経てきた。大変ではあるが、やめようと思ったことは一度もない。
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