米大統領選(5日投開票)は、共和党のドナルド・トランプ前大統領(78)が民主党のカマラ・ハリス副大統領(60)を破り、当選を確実にした。トランプ氏が事前の予想を上回る大勝を果たした要因は何なのか。バイデン現政権からの政策転換を進めるとみられる第2期トランプ政権の行方は――。渡辺靖・慶応大教授(現代米国論)と、三牧聖子・同志社大大学院准教授(米政治外交史)が語り合った。【司会は大前仁・外信部長】
――今回の大統領選で米国はどのような選択をしたのでしょうか。
渡辺氏 両候補の選挙戦は対照的で、ハリス氏は多様性や民主主義といった理念を前面に掲げていた。それに対し、トランプ氏はインフレ(物価高)や移民問題といった人々の現状不満の受け皿になっていた。結果を見れば、理想や理念よりも、とりあえず目の前の現実の問題を何とかしてほしいという有権者の声がより強く出たということだと思う。
三牧氏 両候補ともバイデン現政権(民主党)からの変化をアピールした。トランプ氏は、自分こそがインフレや不法移民を抑えると主張し、特に不法移民については強制送還等の過激な政策も打ち出した。それがかなり有権者に響いたというのは有権者がそうした問題を深刻視している表れだと思う。
一方、ハリス氏は、民主党が多様性を打ち出す中、それに非常にはまる候補だった。年齢もバイデン大統領より20歳以上若く、自分が新世代のリーダーになるということで、バイデン氏との対照性も際立たせながら選挙戦を進めた。
ただ、最初は、女性初、アジア系としても初の大統領になるかもしれない点も含め非常に刷新感を生んだが、徐々にバイデン氏との違いを問われるようになり、自分でもほとんど違いを見つけられないというふうに答えてしまうこともあった。
有権者は、政策面ではハリス氏はバイデン氏の継続で、全然変化がもたらされないのでは、という心理になっていった。トランプ氏の政策的な変化の方が人々の心をとらえたと言えるのではないか。
――保守派とリベラル派の分断が深まる中、中道色がさらに薄まった選挙と言えるでしょうか。↵
三牧氏 パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘を巡り、民主党支持者は若い世代を中心にパレスチナへの連帯を強めていたが、党内の左派と、バイデン氏やハリス氏ら中道派の分断があった。↵
激戦州では、中西部ミシガン州などのアラブ系の票は重要だが、東部ペンシルベニア州などに大きなユダヤ系のコミュニティーもある。ハリス氏としては全体的な選挙戦の観点からも、イスラエル支援策の劇的な転換は打ち出せなかった。
一方、共和党は親イスラエルで強力に支援していくことでまとまっていた。そこまで分断は顕著ではなかった。
ハリス氏は不法移民問題や環境政策についても中道寄りにシフトし、中間層の票を取りにいったが、どっちつかずの態度と見られ、あまり熱狂が生まれなかった。
――逆に共和党は団結し、「トランプ党」の側面をより強めたからこそ激戦州を軒並み制していると見ていいですか。
渡辺氏 共和党の穏健派やトランプ前政権の元高官はトランプ氏への支持を表明しなかった。共和党も決して一枚岩だったとは言えない。両党とも内部で不協和音を抱えながらの戦いだった。
米国はこれまでも、ベトナム反戦運動や公民権運動などで分断してきたが、中道派に一定の信頼感があり、社会を接合する役割を持っていた。ところが今は、連邦議会襲撃事件をとってみても、世論調査で共和党支持者の半数近くが、議会に集った人々こそ真の自由と民主主義を守ろうとする愛国者だと見ている。トランプ氏が党予備選で息を吹き返したきっかけも、トランプ氏自身の起訴だった。今回の大統領選も、最後まで現状認識がかみ合わないまま進んだ。
また、ハリス陣営は選挙戦終盤から、セレブをたくさん集会に呼び始めたが、トランプ氏の支持者らは、上品で進歩的で裕福な成功者の華やかな集まりと受け止めたと思う。トランプ氏がほぼ自力で人を集めたのに対し、ハリス氏だけではそれほど集められないからだったのでは、という懸念を私は抱いた。
渡辺靖(わたなべ・やすし)氏
1967年生まれ。米ハーバード大博士号。専門は現代米国論、文化政策論。著書に「アメリカとは何か」「文化と外交」「白人ナショナリズム」など。
三牧聖子(みまき・せいこ)氏
1981年生まれ。東京大大学院博士号(学術)。専門は米政治外交史、平和研究。著書に「戦争違法化運動の時代」「Z世代のアメリカ」。
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