2024年11月5日に行われるアメリカ大統領選。「移民がペットを食べている」と、根拠のない、トランプ前大統領の発言で揺れる街を取材しました。

「移民がペットを食べている」 トランプ氏発言の影響で爆破予告も

食べられそうになる猫を助けようとする、トランプ氏とみられる人物のイラスト。そして、猫を抱えて逃げる様子の動画も。

“猫を助けるトランプ氏”とされるこれらは、いずれも加工画像。トランプ氏の“ある発言”をきっかけにつくられたものだ。

ドナルド・トランプ氏(9月のテレビ討論会)
「そこ(スプリングフィールド)では、住民のペットが食べられている。そんなことがこの国では起きている」

9月に行われたハリス氏とのテレビ討論会で、トランプ氏は「スプリングフィールドでは、ハイチから来た不法移民が住民の犬や猫などのペットを食べている」などと主張した。司会者には「そのような事実はない」と否定された。

村瀬健介キャスターが取材に入ったのは、そのスプリングフィールド。アメリカ中西部・オハイオ州に位置する。

村瀬健介キャスター
「移民がペットを食べているというトランプ前大統領の発言を受けて、オハイオ州スプリングフィールドでは影響が広がっています。小学校にも爆破予告が届いたということです」

スプリングフィールドでは、トランプ氏の発言以降、市役所などの施設の爆破を予告するメールが複数の機関とメディアに届いたという。

オハイオ州・スプリングフィールドを含むアメリカ中西部には、「ラストベルト=錆ついた工業地帯」と呼ばれる、かつての製造業の繁栄から取り残された労働者階級が多く住む地域がある。

スプリングフィールドは、市の寛容な受け入れ体制や労働力の需要もあり、バイデン政権下で一時保護措置を受けて入国するハイチ移民が急増。現在、約6万人の人口のうち、1万2000人~2万人ほどのハイチ移民が住んでいるとされる。

ハイチからの移民を支援する「ハイチ移民支援センター」も、爆破予告を受けたという。

「爆破予告はハイチ人に企てられた」一方的な憎悪も…

リンゼイ・エメさん(34)は、ハイチでは弁護士を務めていたが、政情不安から約5年前に渡米。日々、ハイチ移民の仕事や生活の相談に応じている。

ハイチ移民支援センター リンゼイ・エメさん
「トランプ氏による間違った情報によって、本当に悪い状況になりました。言葉にはとても影響力があります。多くの人がそれを信じてしまいました。子どもは純真だから親が家で話していることを聞いて、ハイチ系の子どもに『猫はどんな味がするんだ』などと聞くようになりました」

連邦議会襲撃事件にも関与した、「プラウドボーイズ」という極右団体から嫌がらせを受けた際の動画も残っていた。

極右団体「プラウドボーイズ」のメンバー(動画より)
「スプリングフィールドの問題について話そう。犯罪率の上昇や、交通事故の増加についてもだ」

一方、22日に開かれた市議会では、住民の一部がハイチ移民への一方的な憎悪を口にしていた。

トランプ氏支持者 グレンダ・ベイリーさん
「爆破予告で利益を得たのは誰でしょうか、ハイチ人です。爆破予告によって、メディアの関心はそちらに逸れ、ハイチ人が公園でガチョウを殺していることや、街中から野良猫がいなくなっていることが話題にならなくなりました。トランプ氏や、トランプ氏支持者への非難も相次ぎました。爆破予告は政治的な目的のために、ハイチ人によって企てられたことだと信じています」

この発言をしたベイリーさんに、直接話を聞くことができた。

グレンダ・ベイリーさん
「2万人のハイチ人とは、侵略だというのが私の見解です。多すぎます」

――街はその人数に圧倒されていますか?
「福祉事務所、裁判所、刑務所、警察、学校、全てが手に負えない状況です。車の事故も増えています。トランプ氏が大統領に選出されることを願っています。彼が強制送還を開始し、バイデン政権下で受け入れられた移民への税金の支出をやめることを願っています」

ベイリーさんは、“ハイチ移民が動物を切り刻んでいる”とされる動画を持っていた。

この動画が撮影されたという場所に行ってみると...

付近で働く人
「非常に馬鹿げています、嘘です。誰かが切り株の上で豚を切っていただけです。豚肉を切っていたんです」

さらに、他の住民も「あの動画は嘘だ」と証言した。

「彼らは働き者で家族思い」ハイチ移民を雇用する会社社長は

村瀬キャスター
「オハイオ州スプリングフィールドの中心地、移民問題で揺れている現場なんですけれども、すさんだ様子は全くなくて、むしろ緑豊かで、豊かな地方都市という印象がします」

この街でハイチ移民を雇用している会社を訪ねた。1972年に創業した「ペンタフレックス」。トラックなど、車の金属部品を製造している。

「ペンタフレックス」 ロス・マクレガー社長
「これは私たちの会社で製造している部品の一部です。商用車や大型トラックの車輪軸やブレーキに使われています」

従業員は80人。そのうち8人が移民で、ハイチからの移民は4人だ。

ロス・マクレガー社長
「ハイチ人たちは働き者で家族思いです。州全体が労働者不足に陥っている時に、彼らがサポートしてくれました」

ハイチ移民の時給は、未経験者で17ドル(日本円で約2600円)。ここでは国籍を問わず皆、同じ報酬からスタートするという。

ロス・マクレガー社長
「経験を積んで、仕事の効率が上がれば、彼らの賃金も上がります。他の人と一緒ですよ」

マグレガー社長は元々、トランプ氏が大統領候補となっている共和党の州議会議員だった。トランプ氏が「ハイチ移民はペットを食べている」と発言したことについては…

ロス・マクレガー社長
「あの発言は不注意で、ここにいるハイチの人たちをとても傷つけるものでした。でも彼が言うことに、それほど驚きはありませんでした。あれは本当に腹立たしい発言ですが、投票する際は他に考えることがたくさんあります。候補者の人柄や経験、そして本気で人の役に立ちたいという気持ちがあるかどうかです」

ハイチ移民の子どもの目に、現状はどう映っているのか?ハイチから3年前に渡米してきたというニーチー・ウジーヌさん(13)。将来はパイロットになりたいと話す。

ハイチ移民 ニーチー・ウジーヌさん
「学校で子どもたちがその話をしているのを聞いて、何だろうと思いました。彼らは『なんで犬や猫みたいな、いい動物を食べるんだ』と本当に怒っていました。ハイチの移民は、よく働きます。子どもにいい教育を与えたいと、働いているんです」

ロイター通信によると、「移民政策に関して、どちらの候補のものが好ましいか」という質問に対し、トランプ氏は48%の支持を得て、35%のハリス氏をリード。スプリングフィールドが位置するオハイオ州では、最新の世論調査でトランプ氏が51.2%、ハリス氏が44.2%(リアルポリティクス社 10月25日)と、トランプ氏が大きくリードしている。

大統領選の最激戦州 移民たちの躍進で再生を遂げた街

7つの激戦州の中で、最も人口が多いペンシルベニア州。この州で勝利する候補者が、大統領選を制するとも言われている。

記者
「ペンシルベニア州の東部の町・ランカスターに来ています。この後、後ろの会場でトランプ氏の選挙集会が行われるということで、多くの支持者たちが詰めかけています」

トランプ氏支持者
「地上の天国を望むならトランプに!」
「すべてのアメリカ人は移民だが、合法でないとダメだ。法律がないとどうなる、カオスだ」
「もし犯罪歴のある移民が私たちの国に危険をもたらしたら、国外に追放されるべき」

訪れた支持者たちは全体的に白人が多いが、アジアやヒスパニック系、黒人の姿も見られる。

ベトナムからの移民
「ランカスターにはアジア系の人がたくさんいて、トランプ氏の応援に来ました」

――ハイチ移民が犬や猫を食べるという発言については?
「ハイチ移民と一緒に働いていますが、彼らは犬や猫を食べないことは知っています、単なる噂です。アメリカには言論の自由があるから、彼は何を言ってもいいんですよ」

ペンシルベニア州南西部に位置する都市・ピッツバーグ。かつて鉄鋼業で栄えたこの街は、産業の衰退と人口減少を受け、2011年から「移民歓迎政策」を導入。様々な国の移民が集まる「人種のるつぼ」になった。現在はAIやロボットなどで起業するテクノロジー産業の街へと生まれ変わり、躍進を遂げている。

それをリードしているのが移民だ。2023年、この街で起業した人の17%が移民だった。

街の人
「ピッツバーグは移民をとても歓迎します。アメリカは『人種のるつぼ』と言われる国で、ピッツバーグはその代表的な街です」

移民の若者たちが、ITの世界で身を興すべく、奮起する場所がある。訪れたのはAIやロボットなどの研究で有名な、全米屈指の名門・カーネギーメロン大学。「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギー氏が創設した大学だ。

案内してもらったのは、AIを活用したシステムを開発しているマリオス・サヴィデス教授の研究室。所属する学生のうち、約9割が国外出身で、教授自身も地中海の島国・キプロスからの移民だ。

マリオス・サヴィデス教授
「アメリカは移民によって成り立っています。世界中から集められた優れた人材によって成り立っている国だからこそ、偉大なのです。カーネギーメロン大学も、世界中から優秀な学生たちが集まるので、名を馳せているのです。誰が大統領になっても、この国の技術革新を止めることはないと信じています」

現在、学生と共同で、AIを使った商品の自動認識システムを開発しているサヴィデス教授。この研究室で世界トップクラスのIT技術を学び、起業を志す学生もいる。

インド出身の学生
「私の将来の目標は、いつか自分の事業を立ち上げることです。アメリカはその機会を提供してくれます。この大学で、今後のキャリアについて選択肢が広がりました」

この大学で学び、アメリカを代表するIT企業を創設した人物がいる。移民起業家のルイス・フォン・アンさんだ。

中米のグアテマラで生まれ育ったフォン・アンさんは、高校を出たあと渡米し、カーネギーメロン大学でコンピュータサイエンスを学んだ。大学卒業後、世界で最もダウンロードされている語学学習アプリを開発。40か国以上の言語を無料で学ぶことができ、特に英語は多くの人のキャリアに役立っている。

「デュオリンゴ」 ルイス・フォン・アン CEO
「裕福な人は良い教育を受けられますが、貧しい人は教育を受けられず、貧しいままです。これをデュオリンゴで解決したかったんです」

現在従業員は約800人、その3~4割が移民だ。街の再生には、移民の存在が欠かせないと感じている。

ルイス・フォン・アン CEO
「移民はピッツバーグに貢献しています。トランプ氏のやり方は壁を作るというものですが、壁を造っても移民の流入は止められません。移民は、一生懸命働きます。多くの人がやりたがらない仕事をする意欲もあります。移民は、アメリカ経済にとても役に立っているのです。右派であれ左派であれ、普通の大統領がいいです」

テクノロジー産業で起業した移民たちの躍進によって、再生を遂げたピッツバーグ。その裏で古くからある鉄鋼業は衰退の一途を辿っている。

ピッツバーグの郊外にあるアメリカ大手鉄鋼メーカー「USスチール」の工場。2023年12月、日本の鉄鋼最大手「日本製鉄」による買収計画の発表は、鉄鋼業衰退を象徴する出来事だった。

――今回の選挙で誰に投票するか決めましたか?

従業員
「決めました、言えないけど。彼(トランプ氏)の時の方が儲かったから、また同じ人かな」
「労働組合はハリス氏を応援しているけど、私はトランプ氏だよ」

大統領選の勝敗の鍵を握るペンシルベニア州。最新の世論調査では、支持率の差が0.6%(トランプ氏48.3% ハリス氏47.7% リアルポリティクス社 10月25日)と大激戦が続いている。

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