多くのホームレスの中でも、桂さん(左)と斉藤さん(右。共に仮名)は人生を楽しんでいる2人

<河川敷に住むホームレスは、最低限の衣食住を確保することに精一杯だ。彼らはどのように生を全うし、生涯を終えるのか。在日中国人ジャーナリストの趙海成氏は彼らと交流し、実情を聞いた。連載ルポ第9話>

※本連載の第5話から第8話は、取材対象者からの申し入れにより、記事を削除しました(2024年10月22日)。取材時に記事掲載についての意思確認が不十分でした。ご本人ならびに関係者のみなさまにお詫びします。


斉藤さん(仮名)がとても面白いことを話してくれた。彼は荒川大橋のほうに引っ越してくる前、板橋区の戸田橋の下に住んでいたが、その時の話だ。


ある日、警察官が橋のたもとで通行人を調べているのに出くわした。近くで何かあったばかりだったのだろう。

警察官は彼に「あなたはどこに住んでいますか。住所は?」と尋ねた。

斉藤さんは「私はこの橋の下に住んでいる」と言った。

「橋の下とはどこですか?」警察官はさらに質問をした。

「橋の下は橋の下だよ」斉藤さんは答えた。

「具体的な住所を教えてください!」警察官は少しいらいらしていた。

斉藤さんは仕方なく、「板橋区戸田橋下ゼロ番地」と口にした。

警察官は聞いて、まず呆然とした。たぶん心の中でこうつぶやいたのだろう。「この一帯で何年も公務をしていて、そんな場所があるとは聞いたことがない──」

斉藤さんがいたずらっぽく笑う様子を見て、警察官はやっと、自分がこの定住所のないホームレスに翻弄されていることを知ったようだ。しかし、彼は怒ることはなく、思わず笑ってしまった。

「分かった。行ってくれ」警察官は言った。

斉藤さんはバイバイと言って、その場を去ったという。

彼の話を聞いて、私も桂さん(仮名)も大笑いした。

板橋区にある荒川の戸田橋。この橋の下に今も数人のホームレスが住んでいる

夏の悩ましさの1つは食品管理の問題

実はこの笑い話の背後には、ホームレスにとっての不運と不幸がたくさん隠れている。

住所がないため、ホームレスたちは政府が国民に支給するコロナ傷病手当金や選挙のための投票所入場券を受け取ることができない(参考:ルポ第1話<荒川河川敷ホームレスの「アパート」と「別荘」を、中国人ジャーナリストが訪ねた>)。


一般の人が日常生活で享受している健康保険、マイナンバーカード、高齢者の無料健康診断、クレジットカード、自動車免許証、各種会員割引カードなど、住所を登録できないホームレスが得られないものは、ほかにもたくさんある。

桂さんは私に、ホームレスの生活をこう形容したことがある。

「私たちは確かに、一般の人々が受けているいろいろなサービスや待遇や権利を受けることができない。過去には私たちも享受したことがあるかもしれないけれど、今は最低限の生活水準で、食べ物と生活必需品があるだけだ。この点から見ると、他の人の生活とは大きく異なる。まるで人間の原始時代に戻ったようなんです」

ホームレスの生存環境で最も耐えられない季節は、冬と夏だそうだ。彼らの多くはテントに住んでいて、冬の寒風を防ぐのは一枚の帆布やビニールシートだけである。風が入り込むところがあれば、最も寒い冬の師走がどんなにつらいか想像できる。

夏になるとさらにつらくなる。ホームレスが住むテントには風を通す窓がないのが一般的で、太陽の光がテントに直射すれば、中は蒸し器のようになり、とても暑くて耐えられない。

もう1つ、夏にホームレスたちを悩ませているのは食品管理の問題だ。冷蔵庫が使えないため、密閉された缶詰を除いて、ほとんどの食品が翌日まで持たないからだ。そのため、彼らは食べ過ぎる日もあれば、まったく食べない日もある。ホームレスには胃が悪い人が多い。

もちろん、暑い夏も悪いことばかりではない。夏のプラス面として、少なくとも人々が消費するアルミ缶飲料が他の季節よりは多くなる。これはアルミ缶を拾って生計を立てているホームレスたちの収入が増えるということだ。


ホームレスが亡くなったときは...

生きているホームレスはつらいが、亡くなったホームレスはどうだろう。

桂さんはホームレス仲間3人がそれぞれ亡くなる前後の話をしてくれた。

「彼はとても苦労に耐えられる人だった。他の人がアルミ缶を運ぶときは、自転車にせいぜい40キロぐらいしか積めないが、彼はカートで一度に100キロ以上を運んだ。何度か彼が坂を上るのに苦労しているのを見て、力を貸してあげたことがある。彼が死ぬ前日、橋のたもとの飲料自動販売機のそばで彼に会った。地面に座って、少し苦しんでいる様子だった。おそらく持病が再発したのだろうと思った。私は彼に声をかけただけで、自分のことをしに行った。後になって、通行人が救急車を呼んで、病院に運ばれて2日目に息が絶えたと聞いた。肉親が見つからなかったため、結局は政府が金を出して火葬し、遺骨は寺の無縁仏となった」

2024年のある日、新荒川大橋付近でまた自殺者の遺体が発見された(左)。6人の警察官が自殺者の死体を運び出している

「アルミ缶拾いで知り合った友人もいた。自殺する前日、川べりの露天椅子に座ってぼんやりしていたのを見た。私は何も言わずに去ってしまった。まさか、彼が生と死の選択に苦しんでいたとは思わなかった。悲しいことに、彼の死体は翌日、荒川の水門に現れた。前日に彼を見たとき、何も話さなかったことを後悔した。少しでも慰めたり励ましたりすればよかった」

3人目は、不慮の事故だったという。


「さっき話した2人は、どちらも年を取っていた。次の人はまだ40代で、川辺で釣りをしていた釣り友達。ふだんは会うと挨拶するだけの付き合いだった。後で聞いたところ、彼は住まいでランプを動かしているときにうっかり手を滑らせて火事になり、火の海に倒れて、命を落としたそうだ」

荒川河川敷でホームレスの生活と健康状態の調査をしている「兄貴」(彼の物語は次回語る)は、ここ数年で、餓死したり自殺したりした7、8人のホームレスの死体に遭遇したことがある。その多くは高齢者だが、中には40代の人もいた。

テント内で亡くなった人もいれば、木の幹に吊るされた(首を吊った)状態の人もいた。その場面は見るに忍びないという。「兄貴」はそういう場合、携帯電話で警察に通報し、遺体を引き取りに来るよう伝えるのである。

一般的な日本人は死後、遺骨は寺などの墓地に葬られ、石碑には死者の名前が刻まれる。ホームレスになった日本人の多くは、家族との関係を離れている。親戚や頼れる人もおらず、もちろん墓地もない。彼らは亡くなると、静かに黙然とこの世を立ち去るが、自分の名前も含め、何も残されはしないのだ。

生理的欲求はどうやって満たしているか

ホームレスは飲料のアルミ缶を拾ってお金を得ているが、大金を稼ぐことはできず、必要最低限の生計を維持するだけだと思う。お腹を満たす以外に、週に1回は銭湯に行ったり、コインランドリーに行って洗濯をしたりする人が多い。


その上で、例えば桂さんは海に行ってサーフィンをしたり、斉藤さんは時々競馬場に行ったりと、個人的な趣味がある人はその活動をしている。これらの趣味を加えると、アルミ缶を拾って稼いだお金では足りないに違いない。風俗店に行って楽しもうとするのは、無謀な夢と言えるだろう。

この「荒川河畔の原住民」ルポを微信(WeChat)で発信して、アメリカにいる読者である友人の1人から、日本のホームレスは生理的欲求をどう満たしているのかと質問された。

彼女は、アメリカのホームレスが図書館でポルノ雑誌を読んでいるのを見たことがあると教えてくれた。日本人は内気なので、そんなことはしないだろう。それに、日本の図書館にはそのようなエロ本が置かれていないと思う。

でも私は見たことがあるが、多くのホームレスは寝床にエロ本を置いており、過去に使っていた携帯電話に大量の女性のヌード写真を保存している人もいる。これらの鑑賞物は彼らの生理的要求の解決に少しは役立つだろうか。

桂さんと斉藤さんと食事をし、酒を飲んでいたとき、2人の女性観を聞いたことがある。斉藤さんは40歳以上の熟女が好きだと言っている。なぜなら、若い女の子が好きなのは自分ではなくお金だから、だそうだ。桂さんは20歳前後の若い女の子のほうが好きだと言った。彼女たちはあまり物心がついていないが、外見がかわいいからだと話した。


彼ら2人は自分の女性観を大いに話してくれたが、自分の性的ニーズをどのように解決するかという話題は避けた。69歳になった彼らも、生理的にはまだそのニーズがあるかもしれないが、1週間や1カ月苦労して稼いだお金を1、2回の性欲解消に使うのは忍びないことは十分理解できる。

欲望にも優先順位がある。まず自分の衣食住を解決し、生きることが最優先だ。それ以外の欲望については、ポケットの中のお金が許すかどうかを見るしかない。

ある人の妹を名乗る中年の女性が、荒川の森に「兄」を見舞いに来るという話を耳にした。その「兄」は以前、自分の兄弟姉妹について、田舎に住んでいる実の兄が1人いるだけと私に言ったことがある。

ホームレスだって一般の人と同じで、「七情六欲」(人間らしい感情や欲望を意味する中国語)があるのが当然だ。「兄」と「妹」の間に何かあったかどうかは知らないが、何かあったとしても、私は完全に理解している。みんな人間だからね!

日本では仕事が終わったら、ママのいるスナックに行っておしゃべりをしたり、お酒を飲んだり、カラオケを歌ったりするのが好きな人が少なくない。ホームレスになってもこの趣味がなくならない人もいると聞いた。


安いカラオケスナックなら、一度の支払いが3000~4000円ぐらいだ。頑張って空き缶を売って1日6000円稼ぐことができれば、そのうちの半分以上を使って、たまにカラオケスナックに行って楽しむのは、できないことではない。

メディアでは日本は性欲の低い社会になったと言われているが、桂さんと斉藤さんは目に見える事実から、そう思わないそうだ。

毎日荒川の河川敷で生活している彼らは、時折、堤防の斜面や草むらで男女が情事をしている光景を見ることがあるという。使用済みのコンドームがそのまま野原に捨てられていることもあり、それが目に刺ささるような異様な光景となっている。


※ルポ第10話(11月6日公開予定)に続く
※ルポ第4話はこちら:猫のために福祉施設や生活保護を拒否するホームレスもいる...荒川河畔の動物たち


(編集協力:中川弘子)


相談窓口「日本いのちの電話」
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[筆者]
趙海成(チャオ・ハイチェン)
1982年に北京対外貿易学院(現在の対外経済貿易大学)日本語学科を卒業。1985年に来日し、日本大学芸術学部でテレビ理論を専攻。1988年には日本初の在日中国人向け中国語新聞「留学生新聞」の創刊に携わり、初代編集長を10年間務めた。現在はフリーのライター/カメラマンとして活躍している。著書に『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)、『私たちはこうしてゼロから挑戦した──在日中国人14人の成功物語』(アルファベータブックス)などがある。

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