シンワールはハマスによるイスラエル奇襲事件の首謀者だった(写真は2021年5月、ガザ) AHMED ZAKOTーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES
<イスラエル奇襲の首謀者を討ち取っても、ネタニヤフ首相は矛を収めそうにないが>
イスラエル兵がヤヒヤ・シンワールを殺害──。そんなニュースが飛び込んできたのは10月17日のことだ。
シンワールは、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの最高指導者で、昨年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲の首謀者でもある。当然、イスラエルにとっては、絶対に討ち取りたい標的の1人だった。
その「任務」が片付いたことで、約1年にわたりガザ(と近隣諸国)で続いてきた紛争に終止符が打たれる可能性が出てきた......ようだ。
昨年の奇襲の犠牲者は1200人(ほとんどが民間人)と、ユダヤ人が1日に殺害された数としては、ナチスドイツによるホロコースト以来だとして大きな衝撃を与えた。しかし、これに対するイスラエルの報復攻撃は、ガザのパレスチナ人推定4万人以上の命を奪った。こちらも犠牲者のほとんどは民間人で、多くは女性と子供だった。
それなのに、この戦争の原因をつくったシンワールは奇襲以来、ガザの地下に複雑に張り巡らされたトンネルに潜伏していた。
16日にイスラエル兵が、ガザ南部の建物にいた3人の男に向けて発砲したとき、そのうちの1人がシンワールだとは、兵士たちも思いもしなかったようだ。だが、3人の遺体を調べると、1人がハマスの最高指導者に酷似していた。そこで彼らの上官が、遺体のDNAと指紋と歯型を採取して当局に照会したところ、すぐにシンワールであることが確認されたという。
イスラエル軍の爆撃で倒壊したガザの小学校(今年10月10日) MAJDI FATHIーNURPHOTOーREUTERSシンワールはハマスを体現する存在だった。その殺害をもって、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相らは、自分たちの戦略が正しかった証拠だと声高に主張するのか。あるいはアメリカなどの圧力を受けて、今後は停戦プロセスに注力するのか。
ハマスは消えていない
著名ジャーナリストのボブ・ウッドワードは新著『戦争』で、ホワイトハウスのブレット・マガーク中東政策調整官の言葉を紹介している。いわく、ここ数カ月に何度となく開かれた停戦に向けた協議で、エジプトやカタールに住むハマスの政治部門の報道官は何度か、停戦合意を大筋受け入れたが、最終決定権を持つシンワールが頑として首を縦に振らなかったという。
それが本当なら、シンワールなき今、これまでハマスの対外窓口だった幹部らが、指導者の役割を担うかもしれない。そうなれば、エジプトなどイスラム教スンニ派のアラブ諸国、とりわけサウジアラビアの指導者たちも、ガザの復興と、ガザの境界線の治安確保を申し入れる可能性がある。そして、こうした要素が全て交渉のテーブルにのれば、ネタニヤフも和平交渉に参加するかもしれない。
ハマスは消滅したわけではないが、幹部のほとんどは殺され、軍事部門は大打撃を受けている。ガザ住民の支持も失いつつあるようだ。世論調査や報道によると(その真偽は不明だが)、パレスチナ人の過半数が、昨年の奇襲は間違いだったと考えているという。自分たちを容赦ない戦争と、著しい苦難に引きずり込んだシンワールの死に、安堵している住民もいるとされる。
その一方でイスラエルはここ数週間、レバノンを拠点とするイスラム教シーア派組織ヒズボラの幹部を次々と殺害。現在は首都ベイルートを含めレバノン全土に点在するヒズボラの武器貯蔵施設や司令部をつぶす段階に入っており、一般市民120万人(人口の5分の1だ)が避難を余儀なくされている。
ヒズボラは、イスラエルと対立するイランの代理勢力であり、かねてからレバノン南部からイスラエルに向けてロケット弾を撃ち込んでいた。
ネタニヤフとヨアブ・ガラント国防相は、レバノンでの「仕事」は終わっていないと強硬な姿勢を崩していない。レバノンの人々がヒズボラを追放しないなら、第2のガザにしてやるとさえ言っている。
庶民に愛されるヒズボラ
とんでもない話だ。まず、レバノンは主権国家であり、イスラエルの占領地ではない。ベイルートは「中東のパリ」と呼ばれた美しい街だった。
第2に、イスラエルは1980年代にパレスチナ・ゲリラの拠点があったレバノンに侵攻し、18年にもわたり南部に進駐したが、2000年に撤退した経緯がある。
その空白を埋めるように勢力を拡大したヒズボラは、政党として国民議会に議席を獲得したり、精力的な社会福祉活動を展開したりと、レバノン社会に広く深く浸透してきた。ヒズボラのせいでイスラエルの爆撃を受けているとはいえ、レバノンの人々がそう簡単にヒズボラに背を向けることはないだろう。少なくともアラブ諸国や欧米諸国が、レバノン復興を本気で支援する姿勢を示す必要がある。
とはいえ、ここ数週間の攻撃で、ヒズボラは最高指導者のハッサン・ナスララ師とその側近や後継者ら、多くの幹部を失った。また、レバノン軍幹部は、イスラエルのほうが軍事的に優位であることを知っているはずであり、停戦に前向きかもしれない。
もう1つ興味深い事実がある。ナスララは生前、ガザでの戦闘が終息したら、ヒズボラもイスラエルに向けたロケット弾攻撃をやめると言っていた。従って、もしガザの停戦が実現したら、後継者らはナスララのこの発言を理由に、気乗りのしない戦争に終止符を打つかもしれない。
ただ、イスラエルとイランの間で、幅広い衝突が起こる恐れもある。10月1日にイランがイスラエルに向けて弾道ミサイルを発射したことを受け、イスラエルは既に何らかの報復措置を取ることを決めている。報復は攻撃に「比例」すべきだとするジョー・バイデン米大統領と協議の上で、ネタニヤフは標的を選んだとされる。
その一方で、今回の衝突について終息宣言が飛び出す可能性もまだ残っている。両国は4月にも互いに直接ミサイルを発射したが、目標を限定して早期に幕引きを図った。
確かにこの地域には、ハマスやヒズボラ、パレスチナのイスラム聖戦(PIJ)、イエメンのフーシ派など、「抵抗の枢軸」と呼ばれる反イスラエル民兵組織が多数存在する。だが、彼らに武器を提供するイラン指導部も、ガザ戦争を攻撃の理由に挙げてきた。
そうだとすれば、ガザについて停戦合意がまとまれば、イランも矛を収める口実になる。もちろん、停戦や人質解放は、地域安定に向けたプロセスのスタートにすぎない。そこにはイスラエルとパレスチナの共存を可能にするための取り決めが含まれ、難航するのは必至だろう。
それでもシンワールの死で、この地域の全てのプレーヤーと同盟国が、そのプロセスの第一歩を踏み出すための扉を開いたのは間違いない。
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