IMFはインフレの後退を指摘し、OECDとIMFはそろってディスインフレをテーマとした

IMFのゲオルギエバ専務理事は17日、IMF・世界銀行年次総会に先立ち、演説を行った。ゲオルギエバ氏は「世界的なインフレの大きな波は後退している」と、インフレ懸念が弱まったことを良いニュースとして挙げた(筆者訳。以下同)。一方、「私たちの予測では、低成長と高債務という容赦ない組み合わせが待ち受けている。困難な未来だ」と、新たな課題を指摘した。

今後はディスインフレの局面が訪れるという見通しは、OECDも9月の世界経済見通しで指摘していた 。むろん、OECDやIMFの見通しがいつも当たるわけではないが、世界経済のテーマがインフレ対応から成長確保へシフトしていることは事実だろう。FRBは9月から利下げサイクルに入り、ECBも10月に連続利下げを決めた。

後述するように、今後の世界経済の課題が「低成長と高債務」だとすると、各国のポリシーミックスは金融緩和への依存度を高めることになると、筆者はみている。ゲオルギエバ氏は「改革」に焦点を当てることで労働生産性を挙げたり、イノベーションを起こしたりすることの必要性を指摘したが、これはIMF専務理事の立場からの「綺麗事」である。現実的には、これまでのように各国は金融緩和というカンフル剤に頼っていく可能性が高い。

インフレ鈍化は良いニュースだが、物価の水準は高いため消費は低迷へ

ゲオルギエバ氏はインフレ鈍化を良いニュースとしたものの、「インフレ率は低下しているかもしれないが、私たちが財布で実感する物価水準の高止まりは今後も続くだろう。家庭は苦境にあり、人々は怒っている」とした。これは日本でも確認される動きである。インフレ高進によって実質賃金が目減りする傾向はかなり収まってきたものの、個人消費は低迷したままである。これは、過去2年間で実質賃金の水準が5%程度低下したことが背景だろう。中央銀行はインフレ率を重視するが、人々が新たな物価水準に慣れるのには時間がかかる。ゲオルギエバ氏が指摘するように、インフレが収まったとしても、しばらくは景気が低迷することを予想せざるを得ない。IMFは世界経済の成長率が緩やかに減速していくと予想している。

コロナ前よりも高い債務残高 GDP比が今後の課題

また、ゲオルギエバ氏は「パンデミック以前よりもはるかに高い公的債務、そしてインフレによる名目GDPの上昇により、債務対GDP比率が一時的に大幅に低下した後でさえ、この状況はさらに悪化している」と、高債務の問題も指摘した。むろん、金融危機後の欧州債務危機のような目立った債務問題はコロナ後に発生していない。これは、ゲオルギエバ氏が指摘しているようにインフレとインフレによる名目GDPの拡大が各国の債務残高を実質的に小さくしたことが影響している。これはいわゆるインフレ・タックスであり、インフレは債務問題を解決する効果がある。逆に、金融危機後は財政悪化と緊縮財政による需要不足からディスインフレが同時に進んだことで、欧州を中心にスパイラル的に財政の悪化が進んだ。

今回はインフレ・タックスがかなりサポートになったとはいえ、世界の債務残高GDP比は悪化した。少なくとも、コロナ禍やインフレ対応で実施された経済対策は手仕舞いの必要があり、世界的に緊縮財政に向かって行く局面であることは事実である。世界経済のテーマは需要不足(ディスインフレ)にシフトしていく可能性が高い。

「低成長と高債務」の課題に対して金融緩和が処方箋とされやすい

ゲオルギエバ氏は「政府は債務を削減し、次のショックに備えてバッファーを再構築しなければならない。次のショックは必ず訪れる。おそらく私たちが予想するよりも早く訪れるだろう」とした。一方で、これまで債務削減が上手くいっていないことに対して、「債務の持続可能性を実現するためには、結局のところ、中期的には成長が鍵となる」と述べた。その中長期的な成長の「答え」は「改革に焦点を当てることだ」という。具体的には、「労働市場を人々のために機能させること」(労働市場の流動化)、「資本の動員」、「AIなどによる労働生産性の向上」が挙げられた。

本来であれば、将来への備えという「保険」(オプション)を得るためには現在時点で一定のコストを払う必要があるはずである。しかし、痛みを伴ってでも債務削減をすべきだと主張しても、それはなかなか各国の事情で受け入れにくいため、このような成長ありきの主張(綺麗事)になってしまうのだろう。

むろん、労働生産性の改善を目指すべきであることは事実である。しかし、これは短期的な経済の低迷に対する処方箋とはなりにくい。結局、短期的な経済のカンフル剤として金融緩和が求められる流れに向かっていると、筆者はみている。

金融緩和が処方箋になるということは、通貨安競争が進む可能性を意味する

各国で金融緩和が求められる状況になるということは、各国が自国通貨安を目指すということとほとんど同義である。金利低下が設備投資など内需を刺激するのには時間がかかるため、通貨安による輸出の増加(海外現地法人の収益改善)といった影響が相対的に大きくなりやすい(近隣窮乏化策)。

当面(おそらく25年いっぱいくらい)は、①FRBやECBが利下げをしても中立金利より高い状態が続くために円高が進みにくく、②日銀は利上げを停止することが予想され、円安圧力が意識されるため、ドル円の下落(円高進行)のリスクは高くないだろう。しかし、将来的に(おそらく26年くらいから)FRBやECBが中立金利を下回る水準まで利下げを進め、金融緩和の度合いを強めていくことになれば、相対的に金融緩和余地の少ない日本では円高圧力がかかりやすいだろう。25年は1ドル150円程度の推移になった後、26年以降は1ドル130円程度までの円高が進むと、筆者は予想している。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹、エコノミスト 鈴木雄大郎)

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