韓国書籍の翻訳本を出している出版社「クオン」の金承福社長=東京都千代田区で2019年7月5日、梅村直承撮影

 日本の韓国文学ブームの火付け役で、韓江(ハンガン)さんの本をいち早く出版した出版社「クオン」(東京都)の金承福(キムスンボク)社長は、韓さんを「悲しみに心を寄せ、さりげない優しさを見せる人だ」と話す。韓国に出張に行くたびに、ほぼ毎回会うという金社長に韓さんの素顔とその文学について聞いた。

 韓国文学を出したいと思ってクオンを立ち上げ、「新しい韓国の文学」シリーズの第1弾として選んだのが韓さんの「菜食主義者」(きむ・ふなさん訳、2011年)だった。書評が各紙に載るなどすぐに反響があり、勘が当たったなと思った。韓国でも、日本でも、世界でも通用する文学で、小説好きには最高の文学だと思っていたからだ。以来、計4冊を刊行している。

 私自身は受賞がうれしいが、彼女自身はこういうものにあまり左右されない人ではないか。韓国に出張に行くと、韓さんに毎回と言っていいほど会うが、英ブッカー国際賞を受賞したときも、そんな感じだった。韓国のメディアにもあまり登場しなかった。

 しかし、韓国の小さな書店にそーっと来て応援するように本を買っていくような人。さりげない、控えめな人だ。

記者会見に出席した韓江さん=ソウルで2016年5月、共同

 彼女は、弱い人、悲しんでいる人に関することを描いている。民主化抗争「光州事件」や、済州島で島民が虐殺された「4・3事件」といった具体的な出来事を念頭に物語を書きつつ、普遍性も備えている。だから多くの人が共感を寄せるのだろう。

 先月ソウルに行った際に、ある手紙を訳して韓さんに手渡した。70代の女性からの手紙がクオン宛てに届いたのだ。手紙には「1年前、夫を亡くし深い悲しみにあったところ、韓さんの本に出合った」とあった。「本を通じてもう一度元気になった。お礼を言いたい」と書かれていた。

 韓さんはその人のために便箋を選び、その場で返事を書いてくれた。弱い人に目を背けない、彼女らしさが表れていた。作品も、ご本人もそういう気持ちの持ち主だ。

 韓国文学は、日本だけでなく、世界でも注目されている。英語や中国語に訳され、東南アジアでも多く訳されている。文学に限らず韓国のコンテンツが世界的に注目され、文学もそのなかの一つの流れだと思う。

 かつて韓国では、村上春樹さんをはじめ日本の文学者に影響されたという人が多かったが、今は日本の若いクリエーターから「韓国の文学に影響を受けた」という声を聞く。韓国と日本の真ん中で仕事をする者として、両国の文学者と共にイベントをしたり、作品をつくったりすることをもっと丁寧にやっていきたい。【聞き手・高橋咲子】

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