2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻から早くも2年半以上が過ぎているものの、依然としてその行方は見通せない展開が続いている。

迂回貿易や並行貿易も…経済制裁の“抜け穴”

ウクライナ戦争開始直後には、欧米などがロシアに課した経済制裁を強化したことを受けて、景気に深刻な悪影響が出る事態に見舞われた。しかし、ここ数年のコロナ禍やウクライナ戦争をきっかけに世界経済を巡って分断の動きが広がるなか、ロシアは欧米などと距離を取る一方、中国やインドをはじめとする新興国との関係を深化させている。

さらに、欧米などによる経済制裁にも拘らず、実際には中央アジアやコーカサス、トルコなどを通じた迂回貿易や並行貿易を通じて欧米などの製品やサービスがロシアに流入しているとされる。

そして、中国やインドなど新興国との貿易拡大の動きは、経済制裁を受けた欧米など向けの輸出減を補って余りある展開をみせるとともに、欧州などは依然としてロシア産天然ガスの輸入に依存せざるを得ない状況にある。

このように欧米などによる経済制裁には様々な形で『抜け穴』が存在しており、開戦直後に大きく下振れした景気はその後に一転して底入れの動きを強めており、足下の実質GDPも開戦直前を上回る水準となるなど実態として克服が進んでいると捉えられる。

なお、足下の景気が底入れの動きを強めている一因には、欧米などの経済制裁の影響で輸入に下押し圧力が掛かり、GDPにおいてマイナス寄与となる要因が下振れしていることに留意する必要がある。他方、戦時経済が長期化するなか、ロシア国内においては前線での軍備増強の観点から軍事関連産業のフル稼働状態が続いており、軍事関連産業がGDPの1割弱となるなど存在感を高めていることも影響しているとみられる。

戦争はロシア経済にとって“一大産業”

こうしたなか、9月末に政府が連邦議会に提出した2026年度予算案においては、国防費が今年度予算対比で25%増の13.5兆ルーブルに達する方針が示されており、歳出全体(41.5兆ルーブル)の32.5%に達することとなった。ロシアでは3ヶ年を対象とする複数年予算が提出されており、昨年提出された2025年度予算案では同25年の国防費を前年度予算対比で67.8%増の10.74兆ルーブルと歳出全体(36.6兆ルーブル)の29.3%とする一方、翌26年には2割程度を削減する方針を示していた。

しかし、ウクライナ戦争が一段と長期化するとともに、先のみえない展開が続いていることを受けて国防費は一転する形でさらなる増大を余儀なくされており、前線においては厳しい戦況が伝えられるなかで給与は大幅に引き上げられており、国防費全体の約1割が人件費とされている。ウクライナ戦争が始まった2022年度において国防費は5.5兆ルーブルであったことから、来年度は4年目となるなかで国防費は2.5倍と大幅に拡大するほか、GDPの6.3%と冷戦終結後以降で最も高い水準に達すると試算されるなど、戦争がロシア経済にとっての一大産業になっていると捉えられる。

そして、2026年度予算案では翌27年の国防費は対前年比▲5.2%減の12.8兆ルーブルとするとしているものの、上述したように今年度予算では大幅減を見通していたことを勘案すれば、状況が早期に好転するとはみていないと想定される。また、国防費とは別に連邦政府の安全保障機関(対外情報庁(SVR)や連邦保安庁(FSB)など)に関連する歳出に2025年度予算案では3.5兆ルーブルが計上されており、これを加味すれば国防費と安全保障関連費が歳出全体の42%に達することとなる。

他方、歳入面では主力の輸出財である原油や天然ガスなどの商品市況の調整に加え、鉱物採掘税の軽減を計画していることを織り込む形で減少するとしており、国民福祉基金をはじめとするソブリン・ウェルス・ファンドの取り崩しなどが見込まれるものの、対外準備資産の動向をみれば継戦能力は依然高いと判断できる。その一方、戦争長期化による労働力不足のほか、欧米などの経済制裁強化の余波を受ける形で輸入コストが押し上げられる動きもみられるなか、足下のインフレは加速の動きを強めており、中銀は戦時下にも拘らず物価抑制を目的とする断続利上げを余儀なくされるなど難しい状況に直面している。

来年度予算案の内容をみる限りにおいて、ロシアが自発的にウクライナ戦を止める可能性は低いと見込まれるほか、軍事産業が一大産業となっている状況を勘案すれば経済を支える観点でも戦争を止めるに止められない状況に陥っている可能性に留意する必要がある。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 西濱徹)

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