副大統領候補のテレビ討論会。過激と言われるバンス(左)はにこやかに頭のよさを発揮。対するウォルズの反応は鈍く、ハリス陣営の弱点を露呈した(10月1日、ニューヨーク) MIKE SEGARーREUTERS

<副大統領候補の討論会が和やかムードで終始したのは、ハリスのランニングメイトのウォルズが怒るべきところで怒る余裕さえ失っていたから>

米大統領選の投票日をおよそ1カ月後に控えた10月1日、民主党と共和党の副大統領候補がテレビ討論会で対決した。これが両陣営の最後の討論会になりそうだが、後腐れの残る論戦ではなかった。

民主党の副大統領候補であるミネソタ州のティム・ウォルズ知事と共和党の副大統領候補のJ・D・バンス上院議員(オハイオ州選出)は節度を保ち、政策中心の議論を展開。相手の主張に多くの点で同意できることを強調した。


討論の終了後、両候補はしばし雑談を交わし、お互いの妻を紹介し合った。それは共和党の大統領候補がドナルド・トランプ前大統領であることを忘れさせるような和やかな光景だった。

だが現実には民主党の大統領候補であるカマラ・ハリス副大統領と戦うのは、和やかムードとは程遠いトランプだ。そして今回の論戦が選挙結果に何らかの影響を及ぼすとしたら、点を稼いだのはトランプ陣営のほうだろう。

ウォルズもそれなりに健闘した。ただ、バンスのほうが頭の回転が速く、受け答えが巧みで、2期目のトランプ政権は人々が恐れる悪夢にはならないという印象を与えた。

ただバンスの全面勝利かとなると、そうとも言えない。

ウォルズの決定的なミスはバンス発言の矛盾を突くチャンスをみすみす逃したこと。おかげでバンスはごく常識的な理にかなった主張をしているように見えた。

民主党が強みとする政策でバンスがウォルズを守勢に追い込む場面も何度かあった。例えば気候変動。大半のアメリカ人は猛暑やハリケーンにうんざりし、人為活動による地球温暖化を真っ向から否定する共和党の主張を(ウォルズの表現を借りれば)「奇妙な」考えだと思っている。トランプ政権の気候変動対策を聞かれたバンスは直答を避けて、二酸化炭素の排出を減らしたいなら、中国からアメリカに製造業を戻せばいいのに、ハリスはそれと正反対のことをしていると主張した。

これに対してウォルズは論点ずらしを指摘した上で、バイデン政権は製造業の国内回帰を推進してきたと反論できたはずだ。ところが統計的な数字を並べて、ミネソタ州の災害対策を語っただけだった。

ハリス陣営の弱点を露呈

トランプ前政権のオバマケアつぶしも「突っ込みどころ」になったはずだ。オバマケア廃止法案は世論には不人気だったが、トランプはゴリ押し。共和党の故ジョン・マケイン上院議員が反対票を投じたおかげで、成立を回避できた経緯がある。

それなのにバンスはトランプがオバマケアを「救った」と言い張ったのだ。「オバマケアが複雑な手続きと医療コストの重みでつぶれそうになったとき、ドナルド・トランプはそのままつぶすこともできたのに、超党派の合意を取り付け、アメリカ人が法外な金を払わずとも医療を受けられるようにした」と。

耳を疑うような珍説だ。


ウォルズはいくつか事実を整理したが、怒りを見せて反論することはしなかった。そして、バンスはウォルズに「個人に(保険加入を)義務付けることはいい考えだと思うのか」と質問し、形勢が逆転した。ウォルズは答えに窮しながら、「リスクプールを十分に広くして全員をカバーするという考え方は、保険が機能する唯一の方法だろう」と述べた。

ウォルズはバンスが話している間、相手の話を聞くわけでもなく、もっぱら関連する統計や準備したセリフを確認しているように見えた。

この数カ月、ウォルズよりはるかに多くの記者会見で質問に答えてきたバンスは、全てを聞いていた。ウォルズが「専門家」に耳を傾ける必要性に言及すると、バンスは「専門家」がいかに間違えてきたかをまくしたてた。

「ドナルド・トランプはこの数十年で初めて、そうした超党派のコンセンサスに対し、もうそんなことはしないと断言する知恵と勇気があった」

トランプがその時々に本能に従い行ってきた政権運営について、興味深い表現ではある。もっとも、米中西部のラストベルトが今回の大統領選のカギを握ることを考えれば、ふさわしいレトリックだ。

ウォルズにとって最悪の場面は、追い詰められて支離滅裂になったときだ。1989年の天安門事件の際に自分は香港にいたと昔から何度も語っていることについて質問されたウォルズは(実際はネブラスカ州にいた)、はぐらかすように冗長な回答をした。その後「言い間違えた」と認め、「民主化を求める抗議活動が行われていたときに、香港と中国にいた」と続けた。

これは記者会見などで厳しい質問に答えることを避けてきたハリス陣営の弱点が浮き彫りになった瞬間でもあった。

バンスの痛恨の「失言」

しかし、討論会の終盤にはウォルズも、バンスにとって最悪の場面をつくり出した。

2020年の選挙をトランプが盗もうとしたことについて質問されたバンスは、大きな誤解だと冷静に否定した。すると、ウォルズは自分たちの意見が「一致する」問題もあるかもしれないと述べた上で、「この点は意見が懸け離れている」と続けた。

「私たちの民主主義がこれまで見たこともない形で脅かされた。そのことが、トランプが選挙で負けたと認められない、今も認めようとしないことによって明らかになった。そこで聞きたい。彼は20年の選挙で負けたのか?」

「ティム、私は未来を見ている」とバンスは言った。「20年の新型コロナ禍の後、ハリスはアメリカ人が本音を語ることを検閲したのか?」


「全く答えになっていない」とウォルズは返した。

バンスは今回の討論会で、自分のイメージを改善できただろう。トランプ再選に対する不安もいくらか解消できたかもしれない。

ウォルズは終始、後手に回ったようだ。ハリス陣営は、選挙戦終盤に利用できるアイテムとして、20年の大統領選の結果をめぐるバンスの発言を手に入れたが。

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