韓国国会の移転が予定される世宗市の市庁舎(世宗特別自治市提供)

<首都機能の移転に加えて、地方都市の将来像を描く役割も期待されて──>

韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の掲げた公約に第2大統領室の設置と国会移転というものがある。就任と同時に執務室と官邸を従来の青瓦台から龍山(ヨンサン)に移転した尹大統領は、韓国中西部の世宗(セジョン)市に第2執務室を建設し、国会を移転する考えを示しているのだ。

世宗特別自治市は首都機能を移転する目的で計画された中核都市で、日本の省庁に相当する部処など47の中央行政機関と16の国策研究機関、10の公共機関が移転を完了、ソウルに残る20余の政府機関のうち、外交部、国防部、統一部を除いてすべて移転する計画だ。

また国会については2021年、世宗に分院を設置する国会法改正案が通過したが、尹大統領と与党・国民の力は国会自体を移転したい考えだ。

半世紀前からの懸案だった首都移転

韓国で首都移転計画が浮上したのは朴正煕(パク・チョンヒ)政権下の1976年のことである。対北朝鮮の安全保障上の対策と首都の人口過密解消が目的だった。

首都ソウルの人口は朝鮮戦争が休戦を迎えた1953年は100万人だったが、1960年には244万人に倍増、70年に500万人を超え、75年には700万人を突破した。

しかしソウルは北朝鮮との軍事境界線から40キロしか離れていない。北朝鮮が保有する旧ソ連製通常兵器の射程圏内だが、膨大な移転費用を捻出できず朴大統領は首都移転を断念した。

ところが2002年、首都移転がふたたび浮上する。移転を公約に掲げた革新系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)が大統領に当選したからだ。しかし憲法裁判所が首都移転違憲判決を下して暗礁に乗り上げる。盧武鉉政権は遷都を諦め、首都機能のみ移転する苦肉の策に出る。主要都市や北朝鮮国境との位置関係などを勘案して候補地の選定が行われ、韓国中西部の忠清南道燕岐郡(チュンチョンナムドヨンギぐん)全域を中心としたエリアに新都市が作られ「世宗市」と命名された。「世宗」は

これで順調に進むかに思われた首都機能移転計画だが、続く保守系の李明博(イ・ミョンバク)政権が白紙化の方針を打ち出して宙に浮く。移転を推進したい野党・民主党(現・共に民主党)と計画見直しを主張する与党・ハンナラ党(現・国民の力)が対立するなか、与党内で力をつけてきた朴槿恵(パク・クネ)派が造反して移転推進派に同調。2012年7月1日、世宗特別自治市が発足し、朴槿恵の大統領就任と前後して移転事業が本格化する。父朴正煕が目論んだ首都移転を娘の朴槿恵が実現したわけだ。

農村部への新都市建設があだに......

高速鉄道KTXが停車する忠清北道清州市の五松(オソン)駅(筆者撮影)

こうして難産の末に誕生した世宗市だが、一番問題となったのはアクセスの悪さ。ソウルから120キロ離れているうえ、直結する鉄道路線もないのだ。世宗市に移転した政府庁舎へソウルから来るにしても、高速鉄道KTXが停車する忠清北道清州市の五松(オソン)駅から約20キロ離れており、首都からの通勤は難しい。まさに陸の孤島状態だった。

そこで政府はソウルと世宗政府庁舎を結ぶシャトルバスを運行した。これを利用すれば早朝にソウルを出発して始業前に庁舎に到着、終業後も2時間かけてソウルに戻ることが可能となる。公務員の中には平日は世宗で暮らし、週末はソウルに戻る単身赴任も少なくなかった。ところが、このシャトルバスについては「公務員の世宗市定着が妨げられる」、さらに「毎年数十億ウォンもの税金が投入される」といった批判が寄せられ、2021年末で廃止となってしまった。

首都圏の不動産価格高騰で注目集める

ところが首都圏の不動産価格の高騰が重なると公務員たちは家族ぐるみで世宗市へと転入するようになる。市が発足した2012年に11万5388人だった人口は、主要機関が移転を終えた2017年には28万4225人となり、24年6月には39万3793人まで増加した。

とはいえ世宗市の政府官庁等に勤務する公務員は1万数千人。家族を合わせても中核都市を維持する人口にはほど遠いのは明らかだ。また、もともとは桃の産地として知られていた燕岐郡などの農村地帯を編入したこともあって、住宅や生活インフラなどは整っていなかった。そこで市は住宅団地や商業施設、病院、学校、保育園といった生活環境を整えると同時に産業団地を造成して企業誘致を推進した。

世宗市の人口が増えた直接の要因は職住環境整備だが、首都圏の地価高騰と若者世代の就職難も伸長を後押しした。首都圏の地価が急騰すると大企業が相次いで世宗に事業所を設置し、あるいは本社を移転した。2022年には中堅企業15社が1000億円相当を投資して2000人規模の新規雇用を生み出している。

超学歴社会の韓国では出身大学が人生を左右してきた。親たちは子をスカイ(SKY)と呼ばれるソウル大学、高麗大学、延世大学に入れるため、ソウルの学校に通わせてきたが、スカイを卒業しても就職できない若者が増え、スカイだけが人生ではないという考えが子どもをもつ世代に広まったこともプラスに作用した。地価高騰が著しい首都圏の住宅を購入できない公務員や会社員が世宗へ転勤や転職して、それを機にマンションを購入する。合計特殊出生率が世界ワーストワンの韓国で22年まで1.0以上を維持してきた唯一の主要自治体となったのだ。

このように人口動態などでは順調に見える世宗市だが課題もある。人口増加による交通の混雑と住宅不足、地域格差などが問題化している。市当局は改善しようとしているが、主要都市とのアクセスなどは容易に解決できる課題ではない。仮に国会が世宗に移転してもソウルを起点に構築されている交通網が変わることはなく、地元へのアクセスが厳しくなる国会議員も出てくるが予想されている。

念願の地方裁判所の設置へ

世宗市の錦江歩行橋と住宅団地(世宗市提供)

ただ、最近になって明るいニュースも出てきている。一つは地方裁判所の設置が国会で可決されたことだ。実は世宗には裁判所、検察庁はなく、同じ忠清道(チュンドンド)の大田(テジョン)の裁判所、検察庁が管轄している。それがこの9月26日、2031年に世宗地方裁判所を設置するという法案が国会で可決されたのだ。今後は検察庁法の改正手続きを経て世宗地方検察庁の設置も2031年を目標に行われる見通しだ。行政首都を目指してきた世宗市にとって、行政を司る世宗政府庁舎、立法を司る国会世宗議事堂に続いて、司法を司る裁判所の設置が法制化されたという点で大きな意味をもつ。

そして尹大統領が公約にあげていた国会の移転もゆっくりとだが進みつつある。9月12日に国会に世宗議事堂建設委員会が設置され、9月27日には禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長とともに世宗市で会議を開催した。禹議長は「首都圏への超集中、地域は消滅という問題は韓国の最も大きな社会問題になっている」と語り、議事堂建設は自身の任期が終わる20265月までに構想を完成させ基本設計に入るようにすると挨拶した。ここで重要なのは何かにつけ対立し国会運営に問題が起きている与野党が、国会の移転についてはともに賛成しているという点だろう。国会の世宗議事堂は、早ければ2028年、遅くても2030年中に竣工する予定だ。

シェアキャンパスの開校で

また、9月25日にはソウル大学を含めた3大学が入居する世宗シェアキャンパスが開校した。来春になると忠南大学が加わり1000人の学生がここで学ぶようになり、さらに2028までには高麗大学などが加わり全体で3000人規模のキャンパスになるという。開校式には韓悳洙(ハン・ドクス)首相もかけつけ、「人口危機と地方消滅が社会問題になる今、国内各地域の均衡発展の象徴としてスタートした世宗市(建設)の意味はさらに大きい。政府は首都圏集中を緩和し、果敢な規制革新と企業の地方移転、投資促進などで地方時代を開いていくために努力する。機会発展特区と教育特区などの政策で実質的な恩恵が受けられるよう努める」と挨拶。少子化問題による地方消滅と大学の危機が叫ばれるなか、このシェアキャンパスの意義を強調したという。

このようにさまざまな課題を抱える世宗市だが、21世紀に首都機能を移転する目的で造られた計画都市は先行例がなく、山積する課題は自ら解決していくほかはない。草創期を終え次の段階に進もうとしている新都市の今後は、尹大統領や国会だけでなく、東京大学大学院で政治学を修めたチェ・ミンホ市長の肩にもかかっているといえるだろう。

日本でも首都機能移転についてはさまざまな検討がなされ、1992年には「国会等の移転に関する法律」が成立して候補地の選定まで進んだものの、現在は消費者庁が一部業務を徳島に移転したり、文化財の多くが集中する京都に文化庁が移転したくらいで、一時期のような盛り上がりはなくなってしまった。とはいえ、将来予想される首都直下型地震などを考えると首都機能移転は検討すべき課題である。その際に韓国・世宗特別自治市は大きなロールモデルになるだろう。

世宗市の国会世宗議事堂建設予定地


尹大統領が公約にあげていた国会の移転もゆっくりとだが進みつつある世宗市 KBS News / YouTube

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