昨年までセブンイレブンの加盟店オーナーだった永尾潤さんは、フランチャイズ本部であるセブンーイレブン・ジャパンの持ち株会社セブン&アイ・ホールディングスには経営責任の明確化などの変革が必要だとみており、カナダの小売大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収提案が、そのきっかけになることを期待している。2017年12月、東京で撮影(2024年 ロイター/Toru Hanai)

昨年までセブンイレブンの加盟店オーナーだった永尾潤さんは、フランチャイズ本部であるセブンーイレブン・ジャパンの持ち株会社セブン&アイ・ホールディングスには経営責任の明確化などの変革が必要だとみており、カナダの小売大手アリマンタシォン・クシュタールによる買収提案が、そのきっかけになることを期待している。

永尾さんは、決済サービス「7pay(セブンペイ)」や通販サイト「omni7(オムニセブン)」がとん挫し、百貨店のそごう・西武を再建できず、イトーヨーカ堂の立て直しに手間取っていることなどがセブン&アイの低い時価総額につながっていると指摘。

「外資に買収されること自体は決して日本人として良いとは思っていない」としつつ、「現経営陣が時価総額を上げられず、価値を創造できなかったことが外資による買収提案を招いたのではないか」と話す。

群馬県で店舗を22年間切り盛りしてきた50代の永尾さんは、期限の迫った商品を値引きする見切り販売の制限や24時間営業の強要は独占禁止法の「優越的地位の乱用」に当たるとしてセブン&アイを訴えた裁判の原告の1人でもある。

クシュタールから7月中下旬に買収提案を受けたセブン&アイは、売上高に当たる営業収益約11兆円の7割超を海外コンビニ事業が占める。国内コンビニ事業の売上高は海外の1割強にとどまるが、営業利益率は27%と海外の3.5%に比べ圧倒的に高い。

国内コンビニ事業の高い利益率を支えているのは、本部にロイヤルティーを払う加盟店約2万店舗のオーナーで、中にはセブン&アイの株主もいる。同社が買収提案を受けたことが明らかになった8月中旬以降、ロイターは現役オーナー9人と元オーナー1人に話を聞いた。

取材したのは全体のごく一部に過ぎない。セブンーイレブン・ジャパンがオーナーに毎年実施している匿名アンケートによると、ここ3年は約8割が本部に対して「非常に満足」「満足」「やや満足」と回答し、「非常に不満」「不満」「やや不満」は合わせて2割程度にとどまる。

しかし、取材に応じたオーナーらの多くは、ロイヤルティーが成長投資に有効活用されていないと感じ、今回の買収提案を今後の変化につながる可能性があると好意的に受け止めていた。加盟店が負担する人件費は最低賃金の上昇で膨らむ一方、ロイヤルティーは変わらず、総合商社のもとでファミリーマートやローソンの競争力も高まっていることから、自身の店舗の行く末を案じる声も多く聞かれた。

セブン&アイは、ロイターの取材に対して「当社は常に店舗に対するさまざまな支援策、オーナー様とのコミュニケーションを通じ、お店の持続的成長と安心して経営いただける環境づくりに向けて努めており、今後もより一層、加盟店の皆さまと協力し、ともに成長できることを目指していく」とコメントした。

<有効投資、経営責任の明確化を>

本部が土地と建物を用意するフランチャイズ契約の場合、原則としてオーナーは毎月、売上高から商品原価を引いた粗利益の額に応じて56─76%のロイヤルティーを本部に払う。本部はこのロイヤルティーを主な原資として、冷凍ケースなど各店舗設備の開発や省人化対策などの加盟店投資に資金を振り向けており、一部はグループ戦略のセブンペイやオムニセブンなどへの投資にも充てられた。

しかし、2019年に始めたセブンペイは情報流出により3カ月で中止。15年に立ち上げたオムニセブンは23年に閉鎖、グループ各社が運営する通販サイトへと変更した。

米投資ファンドのバリューアクトは22年、セブン&アイの変革を訴えるプレゼンテーション資料の中でセブンペイの失敗を取り上げ、企業統治の在り方に言及。情報流出とその後の対応を問題視し、セブン&アイの井阪隆一社長らの再任に反対する機関投資家もいた。

井阪社長と担当役員は役員報酬の一部を自主返上したが、首都圏のオーナーは「失敗に関与した責任者が今も社内に残っている。反省しておらず、また失敗するのではないかと思う」と言う。一般的に外資は経営責任により厳しいことなどから、「(オーナー仲間は)今回の買収提案に前向きな反応が多い」と語る。

西日本地域のオーナーは「外資の経営に移ったとしても、不安は1ミリもない。むしろ歓迎しており、現状を変えてほしいと期待している」と話す。関西地方のオーナーはコロナ禍以降、ご当地品フェアなど似たような販売施策が長く続いて「客からは飽きられた。いったん取り止めたが、代わりの販売促進策の提案がしばらくなかった」とし、「最近はローソンやファミリーマートの方が好調で、セブンイレブンが独り負けしている」と語る。

セブンイレブンは店舗当たりの1日の販売額がファミリーマートやローソンに比べて12万円以上多い(24年3─5月期)が、毎月の伸び率はこのところ2社をおおむね下回っている。競合2社の前年実績が低かったという背景もあるが、25年2月期の既存店売上高は8月までの6カ月間で前年実績を割り込んだ月が4回あった。

SBI証券の田中俊シニアアナリストは「人口減少で店舗数も増やしにくく、成長が止まってきていて、オーナーも今後どうしたらいいのかという苦悩があるのだろう」とし、「既存店売上高が伸び悩む中、閉塞感があり、現状を打破したいという思いがオーナーの声に表れているかもしれない」と指摘する。

<「外資ならではの戦略」に期待>

前出のアンケート結果が示すように、本部の手法を評価する声も今回聞かれた。名前を公表して取材に応じた笠井盛雄さんは、徳島県で運営する3店舗とも「売り上げは伸びているし、利益も確保できており、さしたる不満はない」といい、セブン&アイの経営が誰になっても「顧客や従業員を大切にする自らの店舗経営の在り方は変わらない」と語る。

その笠井さんも、コンビニが国内で飽和し、伊藤忠商事子会社のファミリーマート、三菱商事子会社のローソンとの差別化も見えづらくなる中、外資の新たな視点をセブン&アイが経営に取り入れることには異論がない。

買収を望んでいるわけではないが、「もし買収が実現されるのであれば、外資ならではの新しい価値観、新鮮なアイデア、日本人では今まで思いつかないような戦略があるかもしれない。外資ならではの戦略によってセブンイレブンの一部が変わる。そういう選択肢が生まれることは良いのではないか」と笠井さんは話す。

セブン&アイは昨年、バリューアクトから求められていたそごう・西武を売却した。他の海外ファンドからも必要性を指摘されていたイトーヨーカ堂の構造改革にも本格的に着手した。

経済同友会の代表幹事を務めるサントリーホールディングスの新浪剛史社長は今月11日、ロイターのインタビューで「買収提案はセブン&アイにとってウェークアップコールだったかもしれない」と語った。ローソンの元社長でもある新浪氏は、低い買収価格を理由にセブン&アイが提案を拒否したことから、「自社でどう価値を創出できるか考えなければならない」とする一方、「セブン&アイは対応できると思う」と述べた。

クシュタールがセブン&アイに提示した買収額は6兆円規模で、足元の時価総額とほぼ変わらない。クシュタールは新たな案を検討するとしているが、実際にセブン&アイに提示するかは現時点で分からない。本格的な交渉もまだこれからで、本部によると、買収提案に対してオーナーからは不安の声も寄せられているという。

セブン&アイの株価(配当込み)は買収提案が明らかになる8月中旬までの5年間で6割上昇した一方、日経平均全体は2倍以上に膨らんだ。

「クシュタールの買収提案が出る前、セブンイレブンは米アマゾンにやられる、買われるんじゃないかとずっと思っていた」。関東圏のあるオーナーはこう語る。「クシュタールが買収に失敗したとしても、また次の会社が買収しにくると思う。それこそアマゾンが来るのではないだろうか」。

(白木真紀 取材協力:David Dolan 編集:久保信博)



[ロイター]


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