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大接戦のアメリカ大統領選。トランプ、ハリス両候補の、初めての直接対決となったテレビ討論会では、トランプ氏に“極右”の陰謀論者の女性が同行していた。陣営内部からも懸念の声があがる。さらに、僅差での勝敗が見込まれ、大統領選後の混乱も危惧されている。

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1)“極右の陰謀論者”がトランプ陣営に落とす影

現地時間9月10日のテレビ討論会でトランプ氏は、ハリス氏の挑発に乗って政策論争を展開する機会を逸したとされる。中でも「スプリングフィールドでは不法移民が犬や猫を食べている。住民のペットを食べている」との発言は、司会者から「事実でない」と否定され、物議をかもしている。

今後の巻き返しにあたって、トランプ陣営はトランプ氏の周辺にいる、ある人物を懸念しているとされる。それが、アメリカメディアから“極右の陰謀論者”とされるローラ・ルーマー氏だ。

ルーマー氏は、今回のテレビ討論会にも、トランプ氏の専用ジェット機で同行した。実は彼女は、討論会でトランプ氏が「不法移民がペットを食べている」と発言する、まさに前日、自身の「X」にこんな投稿をしている。

“MAKE NOT EATING DOGS GREAT AGAIN!”「犬を食べないことの素晴らしさをもう一度」とでも訳せばいいのだろうか。これは、もちろんトランプ氏のスローガンMAGA、Make America Great Again=「アメリカを再び偉大にする」をもじったものだ。

他にもローラ・ルーマー氏は、アメリカ同時多発テロの世界貿易センタービル攻撃について「アメリカ政府の陰謀だ」と主張する動画を投稿。また、テレビ討論会の2日前にはインド系の母親を持つハリス氏が大統領になれば「ホワイトハウスがカレーのにおいで充満する」などと発言し、トランプ氏の支持者からも批判の声があがっていた。

トランプ陣営は、こうした“陰謀論者”とどう向き合うのか。トランプ陣営の幹部を取材してきた峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、以下のように分析した。

トランプ陣営はこれまでも、相手への攻撃や支持拡大といった部分でルーマー氏を含めた陰謀論者を利用しているところもあった。しかし、その影響力が高まっており、トランプ氏の言動をも左右するようになった。自分の支援者の意見ばかりを聞いていると、「これが本当だ」と信じ込んでしまう「エコーチェンバー効果」にトランプ氏やその支援者らが陥っているとみている。今回のペット発言はその典型だ。ルーマー氏のSNSを前日に見たトランプ氏が、それを討論会で口にしてしまったのだろう。今後もこうした形で陰謀論者の影響が出てくると、大統領選のカギを握る無党派層からの票を失う事態になりかねない。

トランプ氏本人は13日、「ローラ・ルーマーは私の支持者だが、彼女を管理しているわけではない。彼女が何を言ったのかは知らない。私には関係ない」と、発言。

NY在住のジャーナリスト、津山恵子氏は、ルーマー氏の影響を以下のように指摘した。

大統領選は、両陣営とも無党派層をいかに取り込むかが最後の勝負になる。無党派層の支持が喉から手が出るほど欲しい状況だ。無党派層の人たちを取材すると、非常に真面目で、政策論争をきちんと聞いた上で、自分が評価する政策を主張している候補に投票しようと、党派ではなく政策で選ぼうと考える穏健派が多い。こういう人たちは、陰謀論者を連れて歩く候補者をかなり嫌気するのではないか。

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2)トランプ陣営の巻き返しは… 大接戦で「同数」の可能性も

2)トランプ陣営の巻き返しは… 大接戦で「同数」の可能性も

アメリカの大統領選挙の勝敗は、有権者の投票で直接決まるのではない。各州に割り振られた538人の選挙人の過半数=270人以上を獲得した方が当選する仕組みだ。

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、大接戦の現状について。トランプ氏が対ハリス氏戦略を立てられないままの状況が続いていると分析する。

トランプ陣営は、民主党の候補者がバイデン氏からハリス氏に代わった時、女性でマイノリティのハリス氏は大したことはないと思っていた節がある。そして、次の戦略を立てられないまま討論会を迎えてしまった。物価高や移民問題について真っ当に追及していれば優位に立てるはずだったのに、自らおかしな話に持ち込んで、まともな政策論争ができなかった。「ほぼトラ」と言われるほど、ここまで攻めてきたトランプ氏だが、実は守りには弱い。自分の選挙集会が揶揄されるという、よく練られたビーンボールをハリス氏から投げられた瞬間、自分の攻め手を忘れ、討論会の流れを変えるチャンスを失った。10月の副大統領候補の討論会で、副大統領候補のJDバンス氏が、どう出るか。彼はミニトランプという感じで激しい発言もあるが、非常にキレのいい人物だ。ラストベルトが最後までどうなるかはわからない。

投票日は11月5日だが、激戦州の1つ、ペンシルベニア州では投票日50日前の9月16日から期日前投票が始まる。このペンシルベニア州は激戦州の中で選挙人が最も多い19人。もし、トランプ氏がここを獲った場合、他の激戦州の結果との組み合わせによっては、選挙人538人が「269対269」の同数になる可能性が出てくる。

選挙人が同数になった場合には、来年1月に召集される新たな議会に大統領選出が委ねられる。下院で全米50州の代表が1票ずつ投じて大統領を、上院は議員100人が1票ずつ投じて副大統領を選出することとなる。

選挙人同数という、史上初の事態まで取りざたされる大接戦だが、峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、以下のように指摘し、選挙後の混乱を懸念する。

同数になるシナリオはいくつかあり、可能性は十分ありうる。仮に同数ではないにしても、かなりの僅差になるのは間違いない。ハリス氏が勝った場合、おそらくトランプ氏の支持者たちは納得せず揉めるだろう。最近会った複数のトランプ陣営の幹部らは、ハリス氏は正当に選ばれた候補者ではない、「違法なクーデターによって候補の座を奪った」と主張していた。そもそもバイデン氏からハリス氏への交代は憲法に則ったものでも党内の選挙を経たわけでないと。これはトランプ氏が負けた場合への布石だとみている。要するに、ハリス氏が正当性のない候補者だということを掲げ選挙結果を否定することで、前回同様の、議会襲撃のような行動もありうると見ている。一方で、トランプ氏は「移民を強制的に国に還す」と発言しており、トランプ氏勝利の場合も、それに反対する移民らによるデモや暴動が起こる可能性がある。もっと言えば、リベラルなマイノリティ層が「トランプは嫌だ」とし、2016年のような大きなデモを起こす可能性もある。いずれにしても、僅差で勝敗が分かれ、国内がぐちゃぐちゃになるというのがメインシナリオだと考えている。しかも、どちらが勝っても起こりうる、つまり100%に近い高確率というのが今回の大統領選の深刻な問題だ。

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3)米大統領選後の混乱の懸念 要人襲撃の恐れも 中国の動向にも要警戒

3)米大統領選後の混乱の懸念 要人襲撃の恐れも 中国の動向にも要警戒

アメリカ大統領選後の混乱の懸念について、津山恵子氏(NY在住ジャーナリスト)は、暴動や大規模なデモだけでなく、要人襲撃の可能性まで警戒しなくてはならないと指摘する。

2021年には連邦議会の襲撃事件があったが、もし今回トランプ氏が負ければ、激戦州のうちトランプ氏が負けた州の州議会議事堂が狙われる、あるいは選挙担当の高官が狙われる、といった可能性もある。逆にトランプ氏が勝った場合には、全米でBlackLivesMatterのような大規模なデモが起きる可能性がある。これからの選挙戦では、まず10月1日に開かれる副大統領候補の討論会を、副大統領候補のJDバンス氏がどのように乗り超えるのかが一つの焦点だ。今回のトランプ氏の失敗からどう学び、カウンターパンチを繰り出せるのか期待したい。そしてハリス氏側は、何らかのスキャンダルが出ないことを願う。2016年の大統領選では、ヒラリー・クリントン氏の私用メール使用が発覚し、かなりの打撃となった。

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、中国の動向にも警戒する必要があると分析する。

いずれが勝利するにしても僅差で、選挙後のアメリカ国内は混乱が予想される。新大統領がなかなか選出されずに「権力の空白」が伸びると、中国が台湾有事などに動く可能性が高まる。過去の大統領選でも、新大統領がなかなか決まらない場合、中国が軍事挑発を仕掛けてくることがあった。このあたりは、米国の同盟国である日本も十分に警戒が必要だ。

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、自民党の総裁選に言及し、「激動する国際情勢への対応も踏まえて選出してほしい」と語った。

<出演者>

津山恵子(ジャーナリスト。専修大学で講師。2003年からNYで活動。大統領選取材は5回目。米・政治情勢に精通。)

峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『台湾有事と日本の危機』。『中国「軍事強国」への夢』も監訳。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)

「BS朝日 日曜スクープ」2024年9月15日放送分より」

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