荒川の川辺にいる可愛い野良猫たち
<荒川の河川敷に住むホームレスたちは、さまざまな動物と隣り合わせの生活を送っている。アライグマの姿をひと目見ようと野宿の準備をしていた在日中国人ジャーナリスト、趙海成氏は......。連載ルポ第4話>
※ルポ第3話:「この選択は人生の冒険」洪水リスクにさらされる荒川河川敷のホームレスたち より続く
東京は大雨が何度も降っていたが、今日はやっと晴れて、ジョギングを再開することができた。桂さんと斉藤さん(共に仮名)を訪ねに行くこともできる。川沿いを歩いているとシラサギが見えたが、近づくのを待たずに飛んでいってしまった。
残念に思っていた矢先、走っている1匹のカニを発見した。拾ってよく見ようとしたが、小さなカニはとても嫌がり、その大きなハサミで私の親指を挟んで、なかなか離れなかったので、本当に痛かった。
早朝、荒川の小動物たちが新しい一日を始めたその後、川を泳いでいるカモのつがいも見ることができた。雨が上がった後、動物たちは何日も姿を見せなかった太陽の出番を喜び、駆け出してきたようだった。
桂さんの話によると、荒川河畔一帯には多くの種類の動物がいるそうだ。アライグマ、ハクビシン、アオヘビ、カモ、キジ、タカのほか、シカ、サル、ウサギ、テンなどがいた時期もあったという。
何年か前には、河川敷の小さな森の一角で、アライグマとハクビシンの間で激しい領地争いが繰り広げられたこともあった。最終的にハクビシンの敗北で幕を閉じたそうだ。
私がその小さな森に入って行くと、桂さんと斉藤さんがベンチに座って、アイスコーヒーを飲みながら、とてもリラックスした様子で話していた。桂さんは私にも、鉄のコップに入ったアイスコーヒーを持ってきてくれた。飲むと本当に爽やかで良い気持ちになった。
桂さん(右)も斉藤さん(左)も、起きたらまずコーヒーを飲む習慣がある連日の大雨について尋ねたところ、最初の豪雨の時は確かに心配で、川の水位を気にしていたが、幸い、彼らの住まいが浸水するほどには水位は上がらなかったと、桂さんが言った。
斉藤さんは、昨日の朝早くにアライグマが餌を探しに来るのを見たという。残念ながら、彼の家には少しのうどんしか残っていなかった。彼の経験からすると、アライグマはうどんを好まず、醤油ラーメンを好むらしいのだ。
食べ物をもらえなかったアライグマは、立ち上がって不満げに、斉藤さんに向かって奇妙な鳴き声を上げ始めた。斉藤さんも真似をして、両手を肩の高さに上げて怒鳴ったところ、アライグマたちはおびえて逃げてしまった。
しかし、このままお腹を空かせたまま帰るのは悔しかったのか、アライグマたちは間もなく戻ってきた。今度は桂さんの家に行き、彼らの好物である白いパンを食べることができたそうだ。
雨が上がった後、早朝の荒川河川敷寿司パーティーを開いていたらアライグマ親子が現れた
私は2人としばらく話した後、夜6時半にまた会う約束をした。私たち3人は川辺の砂地で寿司パーティーを開くことにした。もちろん、焼酎を飲んで盛り上がることも欠かせない。
夕方5時頃に雨が少し降ったが、すぐに止んだ。8時半までに食事を終えて、私はちょうど酒を飲んでいた。その時、森の中にぼんやりと2つの小さな黒い影が、こちらに向かって動いているのが見えた。
「ああ! アライグマだ!」私は叫んだ。
私の叫び声を聞いてもアライグマたちは後戻りせず、むしろ私たちのほうに近づいてきた。桂さんは、前を歩いているのはお父さんアライグマで、後ろについているのは子供たちだと認識した。桂さんが彼らに向かって唐揚げを投げたので、私は急いでスマホを取り出して写真を撮った。
照明も何もなく暗かったし、アライグマが動いているので、撮った写真は少しぼやけている。
お父さんアライグマは私の前を2周ほど歩き回り、堂々としていて、まったく気にしない様子だった。
本当に予想外の出来事だった。私はアライグマを撮影するために、桂さんの「別荘」(編集部注:テント小屋のこと)のそばにテントを張って、10日から半月ほど野宿をしようと思っていた。そのためにテントや寝袋、照明器具などを購入していたのだ。
その瞬間がこんなに早く来るとは思わなかった。驚きのあまり、それほどうまく撮影することはできなかったが、近い将来、きっとかわいい彼らと再会して、もっと完璧な記録を残すことができると信じている。
やっとアライグマに会えた。彼らのおかげで、私たちの寿司パーティーは一層楽しい会になった「天敵」アライグマと「特別な存在」である野良猫たち
小さい頃から小動物が好きだった私からすれば、アライグマはとてもかわいい。しかし、ホームレスの中には、アライグマやハクビシンは自分の生活を邪魔する「天敵」とみなす人もいる。
アライグマはなぜホームレスの反感を買ったのだろうか。それにはまず、彼らの生態について説明する必要があるだろう。
アライグマの原産地は北アメリカで、日本では「特定外来生物」と定められている。成長したアライグマは中型犬ほどの大きさだ。木登りや柱登りが得意で、普段は木の穴や寺の天井、倉庫などに生息することが多い。アライグマは雑食動物で、果実や野菜、人間の残飯などを食べる。
荒川河畔のホームレスはみな野外で生活しているので、冷蔵庫を使うことができない。テント小屋の中に食べ物を貯蔵する十分なスペースがなく、たいていは、袋に詰めてテントの外に置いている。これは、餌を探すアライグマにとって絶好の機会だ。彼らは簡単に空腹を満たすことができる。
かつて桂さんは、川で捕ったばかりの魚やエビをテントの中にしばらく置いていたところ、潜り込んできた2匹のアライグマにすべて食べられてしまったことがあった。
桂さんは気にせず、むしろ外に食べ物を置いてアライグマに食べさせたというが、すべてのホームレスが彼のように寛大であるわけではない。アライグマが盗み食いに来るのを防ぐために、追い払うための武器として、長い竹ざおを家の入口に置いているホームレスもいる。
野外にテントを張って生活するホームレスたちは、アライグマやハクビシンをあまり歓迎しないが、食べ物を探す野良猫に対しては特別に配慮し大切にしている。自分が空腹になるよりも、猫を空腹にさせるのが忍びないという人もいる。彼らは毎日欠かさず、猫に餌をやっている。
荒川沿いに住むホームレスには釣り好きな人が多い。彼らが魚を釣るのは自分のためだと思い込んでいたが、実はそうではないらしい。自分の所にいる猫たちのために釣りをしているというホームレスが多いのだ。釣った魚を、その場で切り分け、そばで待っていた猫たちに分けて食べさせる人もいる。
猫を愛するホームレスは、少ないと2、3匹、多い人では20~30匹を飼っている。彼らがどこかに引っ越して行ったら、猫もついて行くという。猫のためだけに、福祉施設に入ることや生活保護を受けることを拒否したホームレスまでいる。
彼らにとって、猫の命は自分たちの命より大切なものだ。もしかすると、彼らに最後まで寄り添うのは人間ではなく、野良猫たちかもしれない。
※ルポ第5話(9月25日公開予定)に続く
※ルポ第3話はこちら:「この選択は人生の冒険」洪水リスクにさらされる荒川河川敷のホームレスたち
[筆者]
趙海成(チャオ・ハイチェン)
1982年に北京対外貿易学院(現在の対外経済貿易大学)日本語学科を卒業。1985年に来日し、日本大学芸術学部でテレビ理論を専攻。1988年には日本初の在日中国人向け中国語新聞「留学生新聞」の創刊に携わり、初代編集長を10年間務めた。現在はフリーのライター/カメラマンとして活躍している。著書に『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)、『私たちはこうしてゼロから挑戦した――在日中国人14人の成功物語』(アルファベータブックス)などがある。
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