パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の中心都市ラマラからトルカレムに向かう道中、フェンスに囲まれ、イスラエル国旗がはためく一角があった。ユダヤ人の入植地だ。記者に同伴したパレスチナ人の表情が硬くなった。
西岸ではイスラム原理主義組織ハマスによる昨年10月7日のイスラエル奇襲後、過激な入植者によるパレスチナ人襲撃が相次ぐ。米英は関与した人物や団体に制裁を科したが、男性入植者の一人(50)はこう語る。
「西岸は(旧約聖書にも出てくる重要な)われわれの土地であり、併合すべきだ」
ハマスによる奇襲とガザの戦闘はパレスチナ問題解決への努力の重要性を改めて国際社会に認識させた。だが、イスラエルのネタニヤフ政権はパレスチナ国家樹立による「2国家共存」を拒み、国際法違反とされる入植地建設をやめない。パレスチナ問題に、どう向き合おうとしているのか。
「ユダヤ人国家」脅かす人口問題
1967年の第3次中東戦争で西岸とガザを占領したイスラエルは93年、パレスチナ暫定自治を認める「オスロ合意」に調印し、ガザから2005年に撤退した。しかし、西岸では国連安全保障理事会決議に反して占領を継続。その先に見据えるのは西岸の「併合」とも指摘され、ネタニヤフ政権に加わる強硬派の極右政党も「併合」を主張する。
ただ、実際に「併合」は難しい。国際社会の厳しい非難は無論の上、イスラエルは大きな問題を抱えることになる。
イスラエルでは人口約970万人のうちユダヤ人が715万人で74%を占める。パレスチナ人は21%の205万人だが、西岸の300万人超が加われば、パレスチナ人の存在感が高まる。
その結果、「ユダヤ人国家」としての理念が脅かされるとの懸念は市民に広く共有されている。地元メディアの記者(52)も「一部でも併合すれば人口差が狭まり、国の政策に影響する」と強調した。過去の中東和平協議でイスラエルがパレスチナ難民の帰還権を拒んできたのも、この理由のためとされる。
2国家ならテロの脅威が「増大」
ネタニヤフ政権が国際社会の批判にもかかわらず西岸で入植地拡大を図るのは、パレスチナ人を徐々に住みづらい環境に追いやろうとしているためとの見方もある。同時に、ハマスのガザ実効支配を黙認し自治区の分裂が続けば、「2国家」構想は進まないとの算段があったとも指摘される。ハマスはこの間に軍事力を蓄え、牙をむいた。
2月に公表された世論調査では「2国家」実現でテロの脅威が減少するか否かとの設問に、イスラエルのユダヤ人の44%が「増大する」とし、回答の中で最大となった。ガザや西岸が「野放し」状態になることへの強い警戒がうかがえる。
「1967年の占領後、西岸とガザの(最終的な地位に関する)解決を探らずにきた結果だ」
イスラエルのハイファ大名誉教授(歴史学)、ファニア・オズザルツバーガー(63)は、行き詰まりをみせる歴代政権の政策を批判した上で「『2国家』を目指すしかない」と訴える。
だが、「2国家」支持を公に唱えるのは少数派だ。オズザルツバーガーはX(旧ツイッター)で「その考えは自殺に等しい」などとの批判にさらされてもいる。=敬称略、おわり(テルアビブ 佐藤貴生)
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