侵攻開始2年半となる8月24日、国旗を手に、侵攻を続けるロシアに抗議の声を上げる在日ウクライナ人=東京・渋谷で(記事には直接関係ありません)

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって8月24日で2年半が経過した。侵攻によって、ウクライナ国内で暮らす若者たちには、どんな影響が出ているのか、そして長引く戦いについてどんな思いを持っているのか。海外の人と交流できるSNS(ネット交流サービス)を通じて知り合ったウクライナ人の若者に、英語を用いてオンラインで取材した。【上智大・清水春喜(キャンパる編集部)】

無為の日々を過ごす苦しみ

 「この2年半、ロシアもウクライナも犠牲者を出し続けるだけで何も生み出せていない。この戦争は無意味だ。権力者のための戦争になっている」。ウクライナ南部のザポロジエに住む23歳の男性、バディムさんはそう語る。

 バディムさんは昨年大学を卒業したが、職探しが難航し現在は無職だ。自身の精神状態について「爆発やロケット弾、空襲警報にはかなり慣れている。本当に苦しいのは、やりたいことを何も自由にできず、ただ時間だけが無為に過ぎているということだ」と話す。

 もともと、チェコの大学へ留学して日本語を勉強し、卒業後は日本に関わる仕事に就きたいと考えていた。しかし、侵攻に伴う戒厳令の発令で、18歳から60歳の男性の出国が禁じられてしまった。25歳から徴兵される可能性があるという。

 戦いはいつまで続くのか? いら立ちは募る。「2年後、まだ戦争が続いていたら軍に徴兵されて死んでいるかもしれない。正直戦争なんて行きたくない。僕は人を殺したくない。以前、ゼレンスキー大統領が『奴隷として生きることよりも、自由のために戦うことを選ぶ』と言っていたことを覚えている。こうやって戦争を美化するのは良くないと思う。だって、強制的に戦闘にかり出されて死んだら、それは、自由のために死ぬのではなく、ウクライナの奴隷として死ぬことなんじゃないか」

8月下旬、友人に会うため、久しぶりにザポロジエ市中心部を訪れたというバディムさん。「町の様子は侵攻前とあまり変わっていない。唯一違うのは空襲警報で、撮影時も鳴り響いていた」と語った=ザポロジエで(バディムさん提供)

 また、こんなエピソードも話してくれた。侵攻が始まる前、通っていたウクライナの大学への通学路上におもちゃ屋さんがあった。妹におもちゃを買ってあげたことのある思い出の店だ。侵攻が始まってからしばらくして、久しぶりに近くを訪れると、そのおもちゃ屋さんは軍事用品店に様変わりしていたという。「それに気づいたときは本当に悲しかった」

 バディムさんによると、政府は従軍に必要な物資を兵士に供給できないことがあり、徴兵された市民が、こうした店で自ら買う必要があるのだという。

全てを奪われ、全て不確かに

 戦いが収束する兆しが見えず、自分の将来像を描けない苦しみが続く。「戦争は全てを奪った。全てが不確かだから、将来のことだって何も決められない」。ウクライナ南部のオデッサに住む20歳の男性、ニキータさん(仮名)の訴えも痛切だ。ニキータさんは高校卒業後、外資系のIT企業で働いていた。しかし、2022年のロシアによる侵攻を受けて、その企業がウクライナから撤退。失業してしまったという。

 失業後は、オデッサ国立工科大学のオンライン授業を受けたり、アルバイトをしたりして生活している。「戦争が人の心に与える影響も重要だけど、それよりも経済問題や仕事の不足といった問題の方がひどい」

「政府は状況を悪くするばかり」

地下鉄駅構内の歩行者用通路を転用した「地下鉄学校」の教室。ロシア軍の空襲を避け、子どもらは地下に潜って学び続ける=ウクライナ北東部ハリコフで(記事には直接関係ありません)

 混迷の度合いを深める状況に耐えきれなくなり、戒厳令を破って出国したという人もいる。27歳の男性、マキシムさん(仮名)だ。マキシムさんは住んでいたウクライナ北東部のスームイから友人とともに隣国ルーマニアとの国境を山越えした後、飛行機や電車を乗り継ぐなどして、この8月初旬、スウェーデンにたどり着いたという。

 かつては「国の助けになれば」と、人道支援組織のボランティアとして負傷兵の治療に使う薬を取り扱う活動に従事していたという。そうした自国での暮らしを断念した理由を尋ねると、「もちろん、自爆ドローンが上空を飛んでいると不安になるが、あまり身近に危険は感じなかった。むしろ、いつまでたっても戦争が終わらないこの状況に対する失望が大きかった」と話した。

 膠着(こうちゃく)する戦況を打開するため、ウクライナは今年8月からロシア西部のクルスク州を一部制圧する越境攻撃を開始した。戦いは、さらに長引くのか。マキシムさんの非難の矛先は自国に向けられる。「ウクライナ政府は状況を悪くするばかりだ。それに、政府は汚職にまみれてしまっている」

 出国する前、祖国にとどまる家族にその決断を伝えた。すると、「自分にとって良いと思うように行動しなさい」と後押ししてもらったという。国外移動を禁止されているウクライナ人男性が違法に出国するケースは後をたたないと報道されている。マキシムさんは当面、スウェーデン国内の難民向けキャンプ場で過ごしつつ、新たな仕事を探すつもりだと話している。

若者世代の3割超がうつ病やPTSDか

「戦争がメンタルヘルスに及ぼす影響は年齢が下がるほど大きいと考えられる。長期的な復興のためにも心のケアは重要」と指摘する後藤隆之介医師=東京都千代田区で、山本遼撮影

 超大国・ロシアとの戦争の泥沼化は、ウクライナの若者の心に大きなダメージを与えている。東京大学医学部付属病院や長野県立こども病院で小児科専攻医だった後藤隆之介さん(29)=現スタンフォード大医学部博士課程=は今年3月、ウクライナの15歳以上の若者の3割以上がうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っている可能性がある、との調査結果を発表した。

 調査は23年夏、約8000人を対象にアンケート形式で実施した。その結果をもとに主要な精神疾患のスクリーニングを行ったところ、約35%がPTSD、約32%がうつ病、約18%が不安障害のスクリーニング陽性となった。他国の同年齢層の若者に比べ、非常に高い割合だ。この結果について後藤医師は「予想以上に多かった。ロシアによる侵攻が大規模、かつ長期にわたっていることが影響している」と指摘する。

 後藤医師は、対話によって心の不安や悩みを取り除くなど、心のケアを行うカウンセリングの必要性を強調する。ただ後藤医師によると、ウクライナの精神医療ではもともと入院治療がメインとされており、今必要とされているカウンセリングが十分に提供できていないのが実情だ。

 また後藤医師は「カウンセリングはその土地の文化などを理解したうえで成立するものだけに、現地の精神科医の対応が必須」だと指摘する。そのため、ウクライナ各地や近隣諸国に散らばった医師を、カウンセリングを必要とする若者とつなげるプラットフォームの立ち上げに向けて活動しているという。

 不安に耳を傾け、悩みを受け止めて吐き出させる仕組みが重要なのだ。バディムさんの言葉が、記者の心に強く残っている。「こうやって自分の気持ちや状況について整理することをしてこなかった。周囲の人とこういう話はできないからね。少し落ち着いた気がする。ありがとう」

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。