壁面が貝殻で埋め尽くされた洞窟「シェル・グロット」=英南東部マーゲイトで2024年8月9日、篠田航一撮影

 英南東部ケント州の海沿いの町マーゲイトに、不思議な地下洞窟がある。シェル・グロット(貝の洞窟)と呼ばれ、壁面がすべて貝殻で装飾されているのだ。19世紀に発見されたが、誰が何のために造ったかは今なお不明という。謎だらけの洞窟を訪ねてみた。

 「洞窟に関する最も古い記述は、1838年の地元紙に載った記事でした。その前の35年に発見されたとみられますが、制作者もその目的も不明です」。洞窟を管理する施設マネジャーのニッキー・ペイトン氏はそう語る。19世紀に敷地の掘削工事の過程で偶然に発見されたが、洞窟の来歴を示す文書などはこれまで見つかっていないという。

 マーゲイトはロンドンから鉄道で2時間弱のビーチリゾートだ。洞窟は現在、その神秘性に魅せられた女性のサラ・ビッカリー氏が所有しているが、一般にも公開されており、入場料4・5ポンド(約860円)で見学できる。

地下の洞窟へと続く階段=英南東部マーゲイトで2024年8月9日、篠田航一撮影

 地下に向かう階段を下り、最初に壁面を見た時は驚いた。あらゆる場所が隙間(すきま)なく貝殻で埋め尽くされ、花や星、ハートのような形のモザイクもある。

 洞窟の全長は約30メートル。地面から天井までの高さは約2・4メートル。通路は狭く、観光客がすれ違う時はどちらかが壁に身を寄せる。途中、日光が差し込む場所があった。上を見ると、外の光を取り込む天窓が設置されていた。

洞窟の奥の小部屋は礼拝堂のような雰囲気で、供え物を置く「祭壇」のような台もあった=英南東部マーゲイトで2024年8月9日、篠田航一撮影

 圧巻は一番奥の小部屋だ。礼拝堂のような雰囲気で、中央には供え物を置ける「祭壇」のような台があり、洞窟の中で最も神秘的な場所だった。

 使われた貝殻は全部で460万個に上るという。大半はムール貝、ツブ貝、ホタテ、カキなど地元産だ。貝はモルタルで壁に接着されている。

 地元産ではない貝殻もある。巻き貝のタマキビガイはマーゲイト周辺には少ないため、ペイトン氏は「この貝が豊富に存在する(英南部)サウサンプトン以西の海岸で採取され、ここに運ばれたのでしょう。鮮やかな黄色やオレンジ色なので、その見た目の美しさでマーゲイトに持ち込まれたのだと思います」と説明する。また、奥の祭壇の部屋には、カリブ海やインド太平洋地域など「外国産」の貝もあるという。

 ロンドンから観光で来たという会社員の男性(26)は「遊びで造ったとは思えません。何らかの宗教性を感じます」と話していた。

 制作者やその目的については、多くの説がある。たとえば古代ローマ人やフェニキア人、または中世のテンプル騎士団が造ったとの見方だ。海沿いのこの町を拠点とした海上密輸団の隠れ家だったとの話もある。

 「地下牢(ろう)」説もあるが、それにしては美しすぎるとの反論もある。地元ケント州の考古学協会は、もともとは中世以降に「石灰石を採掘する鉱山」として使われたと主張する研究者の論文を紹介している。

貝殻を組み合わせた十字のモザイク。何を意味するかは不明だ=英南東部マーゲイトで2024年8月9日、篠田航一撮影

 造られた時期を特定するため、放射性炭素年代測定も過去に一部のみ実施された。だが正確な判定には大量の貝のサンプルが必要となり、コストがかかるため、大規模な調査は今も実施されていないという。このため詳細な年代は不明だが、少なくとも19世紀の時点では既に現在の形になっていた。

 英BBC放送によると、洞窟は1920年代には霊と交信する「降霊会」にも使われたという。

 現在、多くの貝殻は灰色に汚れてしまっている。これは19世紀の発見以降、洞窟がガス灯で照らされた期間が長く、その間にすすけてしまったためだ。だが仮に貝殻を洗浄した場合、洞窟内に湿気が充満してしまうため、保存が難しくなるという。

 ペイトン氏は語る。「洞窟の美しさは、人々が壁面のモザイクに自由に意味を見いだすことにあります」。訪れる人々に「あらゆる解釈」(ペイトン氏)を許す不思議な洞窟は、今も謎であり続けている。【マーゲイト(英南東部)で篠田航一】

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