イスラエルを攻撃した、とテレビで語るヒズボラの指導者ナスララ師。ヒズボラはイランの代理勢力(8月25日)REUTERS/Mohamed Azakir

<イスラエルと地域大国のイランが事実上の戦争状態にある今、これがいずれ大国も巻き込んだ大規模な地域紛争に発展するのは避けられないように見える>

ヨルダン渓谷と地中海に挟まれた土地──その中心には現在はイスラエル国家の首都である聖地エルサレムがある──をめぐるアラブ人とユダヤ人の対立は、100年以上前から続いている。だが今、この紛争の性質が変わりつつある。それも悪い方向へ。

両者の対立はオスマン帝国の支配下で始まり、第1次大戦後に国際連盟が見せかけの委任統治(実際には戦勝国のイギリスとフランスによる植民地支配)を提示した後も続いた。その後に第2次大戦が勃発し、ドイツのナチス政権が崩壊。新たに創設された国際連合の下で1947年にパレスチナ委任統治領の分割案が承認され、翌48年になって委任統治の終了とともにイスラエルが建国を宣言した。

これが引き金となり、イスラエルとアラブ諸国の間にすぐさま第1次中東戦争が勃発し、イスラエルが勝利。多くのアラブ人がパレスチナを追われた(「ナクバ(大惨事)」として知られる出来事だ)。その後も数十年にわたって何度も戦争が起こり、また多くのアラブ人が土地を追われた。

その間、世界では旧植民地帝国の崩壊から2度の世界大戦、長い冷戦に至るまで、さまざまな地政学的変化が起きた。しかし、イスラエルとパレスチナの争いは地域的な問題であり続けた。1914年の夏にサラエボで起きた危機が第1次大戦を招いたのとは違って、この紛争が大国間の衝突や世界大戦につながることはなかった。

しかし、その地政学的現実が変わりつつあるのかもしれない。イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃してから、もうすぐ1年。ガザでの戦争では、パレスチナの多くの民間人が犠牲となっている。

土地より大きなものを巡る戦い

この戦争には最初から、単に土地をめぐるユダヤ人とパレスチナ人の新たな戦いにとどまらない意味があった。その背後に地域覇権を目指すイランと、同国が支援する武装組織のネットワーク「抵抗の枢軸」の思惑があるのは明らかだ。

4月13日にイランが自国領土からイスラエルに対して前例のないミサイル攻撃を行って以降、両国は事実上の戦争状態にある。背景にあるのは、土地をめぐる争いよりもはるかに大きな次元のものだ。

中東屈指の軍事力を持つイスラエルが存在する限り、イランは地域覇権を手にするという目標を達成できない。同時にイランにとってイスラエルは、その目標を手にするための「手段」ともいえる。イスラエルが「抵抗の枢軸」であるハマスやレバノンの武装組織ヒズボラに「存在理由」を与えれば、イランは主要ライバルであるサウジアラビアへの決定的な優位性を維持できる。

中東では大規模な地域戦争の可能性が浮上しており、それを抑え込むことはできないように見える。イランとその代理勢力は、イスラエルがハマスやヒズボラの幹部を殺害したことへの復讐を誓っている。不安定さを増す一方の世界で、1世紀前から続く中東の紛争は新たな次元に突入した。

イランがロシアや中国と近いことから、全ての大国がこの紛争に巻き込まれている。中東には産油国が集まっており、事態の悪化は世界経済に深刻な混乱をもたらす。

しかし、現実的な解決策はいまだ見えない。あらゆる当事者が自らの立場に固執し、パレスチナ人もイスラエル人も簡単に諦めることはない。

イランが地域覇権と核兵器を追い求めてイスラエルやアメリカとのより広範な戦争のリスクを冒すことで、自らを終焉に追い込む可能性は十分にある。しかしイスラエルがガザでの残虐な軍事作戦を推し進めれば、国際的に孤立し続ける。双方が理性を放棄しているこの状況は、私たち全てにとって懸念すべき事態だ。

ヨシュカ・フィッシャー
JOSCHKA FISCHER
左翼活動家から政治家に転身。ドイツ緑の党の中心人物として、ヘッセン州環境・エネルギー相などを歴任した後、シュレーダー政権では連邦外務大臣兼副首相を務めた。

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