暫定政権発足当日、バングラデシュの首都ダッカで交通整理に当たる学生 AP/AFLO

<バングラデシュ暫定政権が発足。新たなトップに就任したノーベル賞受賞者の経済学者をインドが熱烈歓迎する訳は>

バングラデシュで8月8日、計17人の顧問で構成される暫定政権が発足した。暫定政権を率いる最高顧問に就任したのは、貧困層向けに無担保少額融資を行うグラミン銀行の設立者で、2006年にノーベル平和賞を受賞した経済学者ムハマド・ユヌスだ。

ユヌスの就任宣誓直後、隣国インドのナレンドラ・モディ首相は、各国指導者の先陣を切って祝意を表明した。


「新たな責務を担ったムハマド・ユヌス教授を祝福する」「平和や安全、発展を望む両国国民共通の願いを実現するため、インドはこれからもバングラデシュと協力していく」と、モディはX(旧ツイッター)の投稿で述べた。

My best wishes to Professor Muhammad Yunus on the assumption of his new responsibilities. We hope for an early return to normalcy, ensuring the safety and protection of Hindus and all other minority communities. India remains committed to working with Bangladesh to fulfill the...

— Narendra Modi (@narendramodi) August 8, 2024

この祝辞には、首をかしげたくなるかもしれない。モディは、バングラデシュのシェイク・ハシナ前首相と密接な関係を保ってきた。それなのに、学生らによる大規模デモの混乱を受けて辞任・国外逃亡したハシナに代わって選ばれた指導者を、これほど熱烈に歓迎するとは......。

バングラデシュでは今夏、特定層に公務員採用枠を割り当てるクオータ制度の改革を求めて、学生団体が国内各地で抗議活動を展開。そんななか、ユヌスはつい最近も、同国当局の暴力的な取り締まりについて言及しないインドを間接的に非難していた。

一例が、インド紙インディアン・エクスプレスでの発言だ。「これは(バングラデシュの)国内問題だというインド側の態度には傷つく。兄弟の家が火事なのに、内輪の問題だから、と言って済ますことができるだろうか?」と、ユヌスは語っている。

多くの者が「受動攻撃的」と見なしたこれらの発言にもかかわらず、モディがユヌスの就任を歓迎してみせたのは、与党・インド人民党(BJP)だけでなくインドそのものにとって最善の行動だろう。

インドがこの数年、複数の近隣国との友好関係を失っているのは公然の秘密だ。ハシナの失脚は、インドが「友人で当然」とみてきたバングラデシュでも、影響力維持に苦慮している可能性を示唆する。

インドは既に、モルディブやネパールで同様の状況に陥っている。両国では反インド感情が膨らみ、中国寄りの指導者の台頭につながった。

ただし、バングラデシュのインド離れは特に警戒すべき事態になりかねない。インドの東隣の同国は、インド東部の安全保障のとりでだ。インドと東南アジアの連結性を確保する重要な存在でもある。

前首相の辞任・国外逃亡の後、挙国一致的支持を受けて最高顧問に就任したユヌス MOHAMMAD PONIR HOSSAINーREUTERS

狙いは反インド化阻止

つまり、バングラデシュの新指導者が中国やアメリカ、パキスタンとの関係強化を望む勢力と足並みをそろえた場合、インドにとって準備不足の難問が生じることになる。

今やインドは明らかに、バングラデシュで影響力を維持する手法を再考している。目指しているのは、自国の存在感を主張しつつ、行きすぎという印象を回避する在り方だ。


モディのユヌスへの「祝福」は、正しい方向への前向きな一歩になるかもしれない。

世界的に評価の高いユヌスは、現時点では国内でも圧倒的な人気を誇る。クオータ制度改革運動側が暫定政権最高顧問に選んだだけでなく、主な野党の民族主義党(BNP)やイスラム主義政党のイスラム協会(JI)が一致してユヌスを支持する。

だが、問題がある。BNPやJIがバングラデシュの政権を握る事態を、インドが望んでいないのは周知の事実だ。両党は伝統的に反インドの立場で、インドの戦略的競合相手である中国やパキスタンとの関係強化を求めている。

BNPやJIの台頭は、インドが世俗派のハシナ政権と築き上げてきた貿易・安全保障・地域的連結性をめぐる協力関係の終わりを意味しかねない。近年のバングラデシュ政府の特徴だった親インド政策からの転換が起これば、地域安定性や安全保障分野でのインドのより広範な戦略的利益も危うくなるかもしれない。

バングラデシュ国内では既に、BNPとJIの潜在的影響力が目に見える。ハシナ失脚後、活動家や両党の幹部らは政敵に対する報復行為に乗り出し、ヒンドゥー教徒をはじめ、国内少数派の住宅や宗教施設を標的にした放火、破壊や略奪も起きている。

「ユヌス政権」持続なら

BNPかJIが与党になったら、バングラデシュは過激な原理主義国家に変貌し、テロが増加する恐れがある──バングラデシュ情勢へのインドメディアの注目度を見れば、そうした考えがインド国民の総意であることは明白だ。

だからこそ、2党の政権掌握を阻止することがインドにとって重要だと考える向きは多い。ならば、ユヌスを支持するのは、その上で最も効果的な方策かもしれない。

BNPとJIは3カ月以内の総選挙実施を求めているが、ユヌスは少なくとも3年間、暫定政権を続けることを主張している。この意見の相違は近い将来、両者の深刻な対立をもたらすかもしれない。

総選挙が3カ月以内に行われた場合、BNPとJIが過半数議席を獲得し、政権を樹立する可能性が高い。有権者のほうも、従来の2大政党であるハシナ政権時代の与党・アワミ連盟とBNP以外の政党を選ぶ覚悟ができていない。


一方、ユヌス率いる暫定政権が民主主義の回復に向けて総選挙実施を急ぐのでなく、法と秩序の回復を優先し、ファシスト体制とも呼ばれた政治制度の改革と不可欠である憲法修正に注力した場合、今回の抗議運動を主導した学生団体などの新たな勢力が団結し、BNPとJIに代わる選択肢となる新政党を結成する余裕が生まれるだろう。

ユヌスが必要な限り長く、暫定政権最高顧問でいられるようにすることが、BNPとJIによる政権の誕生を防ぐ唯一の道だ。豊富な政治経験を持ち、有力な外交政策専門家に支えられたモディは間違いなく、それを理解している。

モディが今後、ユヌスとバングラデシュ暫定政権にさらに友好的な態度を見せても、驚くには当たらない。

From thediplomat.com

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。