家族で経営する土産屋で取材に応じたハリル・ハジャフさん=パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ベツレヘムで2024年8月8日午前10時32分、松岡大地撮影

 エルサレムから南へ約10キロ。イエス・キリストが生まれたとされる「聖誕教会」がある、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のベツレヘムを訪れると、街は閑散とし、観光客の姿はほとんど見当たらなかった。「見ての通り、観光客はゼロだ。戦争が始まってからは誰も来ない」。家族で土産屋を営むハリル・ハジャフさん(59)は肩をすくめた。

 ベツレヘムは、約3万人が暮らす小さな街だが、毎年約150万人の観光客や巡礼者が訪れ、パレスチナにとっては主な観光地の一つだ。ハジャフさんはツアーガイドや彫刻職人としても働いており、観光客の案内や土産屋の経営で、多い時は1日700ドル(約10万円)の収入があったという。

 しかし、2023年10月、イスラエルとガザ地区のイスラム組織ハマスの戦闘が始まり、激しい戦闘の様子が世界に伝わると状況は一変。ガザ地区と隣接していないが、観光客の足は途絶え、ベツレヘムの土産屋やレストランはほとんどが休業に追い込まれた。私が今月8日にベツレヘムを訪れた際、ハジャフさんは取材に応じるため、店を開けてくれた。

ほとんどの土産屋やレストランが休業に追い込まれていた=パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ベツレヘムで2024年8月8日午前11時37分、松岡大地撮影

 ハジャフさんは今もわずかに訪れる観光客を待ちガイドを続けている。しかし、観光産業で働いていた親戚らは建設現場で働いたり、銀行からお金を借りて農業や食料雑貨店を新たに始めたりした。互いに必需品を購入し合い、生活をしのいでいるという。「戦争で観光客が減ることはあったが、長くても1カ月程度だった。今回は10カ月だ。10年くらいの長さに感じる」。ハジャフさんはため息をついた。

 パレスチナ自治政府は観光客数の激減により、パレスチナでは1日あたり250万ドルの損失が出ていると推定。そのうち60%はベツレヘムで生じているという。自治政府担当者は、米国の中東ニュース専門サイトに対して、戦争前はパレスチナでは3万5000人が観光産業に従事していたが、今も働いているのは、その3%にも満たないと明らかにした。

 中東情勢は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの司令官の殺害や、ハマス最高幹部のイランでの暗殺などで混迷を深めている。ハジャフさんは「ガザの人たちを思うと気の毒だ。しかし、私たちも苦しみ続けている」。戦争の終わりが見えない中、観光産業も疲弊し続けている。

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