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最後まで予断を許さない状況が続くアメリカ大統領選。トランプ氏再選の場合、世界経済にはどのような影響が出るのか。前政権で対立を深めた中国とはどう向き合うのか。そして台湾情勢は?
専門家は、日本を含めた各国の安全保障にまで影響が及ぶと指摘する。

1)トランプ氏 中国への強硬姿勢の理由は…

トランプ氏の事実上の選挙公約である、共和党の政策綱領『MAKE AMERICA GREAT AGAIN!』では、「アメリカの労働者と農民を不公正貿易から守る」との項目もあり、その中で中国を名指して、対応を見直すとしている。

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これまでの選挙戦でトランプ陣営は「すべての中国製品に一律60%を超える関税をかける」という主張を繰り返してきた。中国以外に対する関税は10%と主張していることを考えると、明らかに中国だけが突出している。

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、トランプ氏の対中政策を以下のように分析した。

バイデン政権は半導体規制を中心に進めているが、トランプ陣営は弱腰と見ている。トランプ政権1期目の時に進めたように、対中関税こそが強硬政策のすべてだと考えているからだ。次期トランプ政権に入りそうな人たちに、対中強硬になるのか聞くと、全員が「イエス」だと。その理由として挙げたのが新型コロナだった。トランプ氏は、新型コロナは中国発であり、まん延がなければ再選できたはずだという、恨みを抱いているそうだ。
それでは、どのような対中強硬策が考えられるのか。トランプ陣営のシンクタンクと言われる「アメリカ第一政策研究所(AFPI)」が5月に出した提言書が重要とされている。この提言書では、中国が最も包括的で深刻な脅威であり、軍事・経済・文化のあらゆるところで対抗しなければならないと明記されている。さらに、経済政策として、中国とアメリカを完全に切り離すと書かれており、アメリカは今後、日本も含めた有志国の中でのみサプライチェーンを築いていく、としている。 トランプ氏が政権を担う場合は、この報告書執筆の代表者であるライトハイザー氏が、政策的に重要な地位を占めるだろう。ライトハイザー氏は、トランプ政権1期目で通商代表部(USTR)代表を務め、中国との貿易戦争の中核を担った1人だ。トランプ政権の候補者リストを見せてもらったことがあるが、彼の名前が上のほうにあり、政権発足時には、首席補佐官か財務長官に就任するのではないかとみている。

トランプ陣営の中国に対する強硬な姿勢を木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)は、以下のように指摘した。

1期目のトランプ政権が導入した追加関税がほとんど残っており、現政権でも十分、保護主義色が強いが、もし仮に再びトランプ政権になれば、さらに加速するだろう。トランプ氏は中国製品の輸入関税60%、他のすべての輸入品は10%と掲げているが、これは共和党の綱領に入っていない過激な発言だ。別のインタビューでも、「中国がイランと貿易を止めないのであれば関税100%にする」「メキシコ経由で輸入される中国のEV車については200%の関税を」とも発言している。今、挙げている数字は交渉を引き出す材料に過ぎないとしても、強硬路線であることに変わりない。

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2)トランプ氏“対中強硬”でも… 繰り返す台湾批判

2)トランプ氏“対中強硬”でも… 繰り返す台湾批判

トランプ氏再選の場合、中国に強硬姿勢で臨むとみられるが、台湾についてはどうか。トランプ氏は、7月16日に公開されたブルームバーグのインタビューで、「台湾はアメリカの半導体ビジネスをすべて奪った。台湾は我々に何も与えてくれない」と、台湾を強く批判。この発言を機に、台湾の半導体大手「TSMC」の株価は大きく下落した。

前嶋和弘氏(上智大学教授)は、トランプ氏の発言は「アメリカを出し抜くことは許さない」とのメッセージで、各国の安全保障にも影響が及ぶと分析する。

現在のバイデン政権は、「我々は法の支配を破るのは許さない」として、中国が台湾に武力介入をした場合、アメリカが介入するとしている。しかし、トランプ氏の論理では、そこは反故にされ、台湾が半導体分野で出し抜いているなら、その儲けから防衛費も出せと。トランプ政権になった場合、日本や他の国に対してもこの論理が適用され、貿易と安全保障のセットで「出し抜くことは許さない」という揺さぶりが続くのではないか。

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、トランプ氏が台湾を交渉カードにする可能性も指摘した。

米国でトランプ政権に影響力のありそうな人たちに台湾有事の際の対応について聞いてもお茶を濁す人が多く、「対中強硬路線=台湾有事に積極介入」という図式ではないと感じた。昨年のFOXテレビのインタビューでもトランプ氏は「台湾は半導体を奪っていった。阻止すべく関税をかけるべき」と発言していて確信犯だ。トランプ政権1期目の、ある高官に台湾政策について聞いたところ「トランプ氏は中国大陸も台湾も区別がついていない。どちらも関税をかける対象なのだ」と言っていたのを思い起こす。有事のときに、アメリカ軍の血を流してでも台湾を守るのか、私はかなりクエスチョンマークがつくと思う。貿易問題や経済を優先して、有事のときに台湾で妥協するという、取引をするシナリオも考えておかなくてはならないと思う。

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3)“トランプ氏再選”想定する日本企業 為替や株式市場の今後は

3)“トランプ氏再選”想定する日本企業 為替や株式市場の今後は

日本企業でも既にトランプ氏再選の場合を意識した企業が出てきている。アメリカの鉄鋼大手USスチールの買収計画が難航中の日本製鉄だ。全米鉄鋼労働組合が買収に反対しているが、トランプ氏は今年1月、「私が大統領なら即座に買収を阻止する」と発言。労組や労働者の支持を取り付けようという思惑だ。

こうした状況下、共同通信によると、日本製鉄は、トランプ政権で国務長官を務めたポンペオ氏を買収のアドバイザーに起用したとされる。トランプ氏と近いポンペオ氏の起用で難局打開へ弾みを付ける狙いがあるとみられる。

今後、トランプ氏再選を視野に入れて動く企業は増えていくのか。前嶋和弘氏(上智大学教授)は、以下のように分析した。

「ほぼトラ」「確トラ」などの推測は時期尚早であまり意味はないが、「もしトラ」には備える必要があると思うし、そう助言もしてきた。実際に、準備をしている企業も少なくない。例えば、自動車産業もその一つ。EV義務化が撤回されれば、トヨタが進めている水素自動車の後押しにもなり、トランプ政権誕生は追い風になる可能性もあるが、もう一方の可能性として、そもそもアメリカ国内で生産をという話になれば、これまでのように日本国内で生産し輸出するという体制を維持することが難しくなる。自動車に限らず、様々な企業がアメリカファースト的な流れが来るというシナリオを頭に置いて動いている。

木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)も、トランプ氏の経済政策が日本企業の逆風になる懸念を示した上で、為替や株式市場にも影響を及ぼしうると指摘した。

長い目で見れば円安から円高の局面に向かっている。日本銀行が利上げに動く中、9月にはFRBが利下げする可能性がある。逆方向に日米が動くというのは、これまでの歴史ではなかった。かなりのインパクトで円高の流れができるだろう。とはいえ、日本銀行が正常化するだけであれば急速な円高にならず、5%、10%という緩やかな円高が今後何年か続き、最終的には115円ぐらいまでいくのでは、と見ている。しかし、仮にアメリカ経済が失速したり、トランプ政権が誕生してドル安政策を強く推し進める場合には、急速な円高になるリスクがあり、日本経済にはかなりのダメージがある。いずれにせよ、このところ続いてきた円安株高の流れは変わりつつある。ワイルドカードになるのはアメリカ側だろう。

<出演者>

木内登英(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト。2012年、内閣の任命により日銀審議委員に。任期5年で金融政策を担う。専門はグローバル経済分析)

前嶋和弘(上智大学教授。専門は現代アメリカ政治。アメリカ学会前会長。米国の政治・外交・選挙制度などの事情に精通)

峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『台湾有事と日本の危機』。『中国「軍事強国」への夢』も監訳。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)

「BS朝日 日曜スクープ 2024年7月28日放送分より」

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