政府もネットも胡友平の勇敢な行為をたたえている(天津テレビ塔のライトアップ) VCG/AFLO

<バス襲撃の動機は不明のまま...中国政府が悲劇的な事件を沈静化したい背景には経済の低迷と安定優先がある。日本人をかばって亡くなった胡さんの人生と素顔を追った>

6月24日、江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスが刃物を持った男に襲われ、日本人の母子が負傷。バスの案内係の中国人女性、胡友平(フー・ヨウピン、54)が男を阻止しようとして刺され、2日後に死亡した。

胡の死に中国国内で追悼の声が湧き起こり、一方で、ネット上では超国家主義や反日感情を助長する内容の規制が始まった。検閲当局は大量の投稿を削除し、国家主義者のアカウント数十件が凍結されて、大手IT企業は「極端なナショナリズム」とヘイトスピーチを非難した。


中国政府と超国家主義、特に日本に向けられた超国家主義との関係は、昔から複雑だ。

1919年5月4日、中国のドイツ租借地の権益が日本に引き渡されることに抗議して、学生を中心に数千人が北京の天安門広場に集まった。抗議デモは、革命的感情と日本の植民地主義への激しい反発が入り交じった愛国運動(五四運動)に発展した。

近年、中国政府は超国家主義を戦略的に利用している。2012年に尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐり日本と激しく対立した際は、主要都市で大規模な反日デモが発生。日本車を燃やし、日系企業を破壊するなど一部が暴徒化したが、事実上野放しにされ、数日後にようやく各地の当局が取り締まった。

対応が後手に回るときもある。05年に歴史問題などをきっかけにネット上で日本への怒りが過熱し、各地で反日デモが拡大した。警察が大々的に出動して沈静化するまで、人々は怒りを爆発させた。

しかし、今回は異なる。中国と日本の間には常に緊張が渦巻いているが、現在進行形の対立はない。国民の反日感情が特に高まっているわけでもなく、バス襲撃の動機は不明のままだ。

今回の中国政府の反応は、論争の火種を刺激するのではなく、経済の低迷と闘いながら平穏と安定を模索していることを示している。フィリピンと続く海上での衝突さえ、新たな対話につながりつつある。

とはいえ、胡の犠牲がもたらした道徳的効果は、国家主義者の感情を鎮める大きな力になった。彼女はネットで英雄となり、国民からも政府からもたたえられている。

出稼ぎ労働者の悲哀

胡の人生は、中国の労働者階級が苦しむ経済的不安の縮図でもある。彼女は20歳で故郷の村を出て蘇州近郊に移り住み、紡績工場で働き始めた。工場の仕事を転々とし、46歳で解雇された。

家事代行会社で4年間、働いた後、20年に小さな商店を開いた。ネット販売の波に乗ろうともしたが、パンデミックに店ごと打ち砕かれた。


スクールバスの案内係の月収は約3000元(約412ドル)。物価の高い都市部ではギリギリの生活だ。また、彼女は他の移住者と同じように農村の戸口(フーコウ、戸籍)のままだった可能性が高く、蘇州の社会サービスを利用することはできなかったとみられる。

習近平(シー・チンピン)国家主席が掲げる格差是正のスローガン「共同富裕」とは裏腹に、パンデミックによって所得格差は先鋭化しているのだ。

From Foreign Policy Magazine

日本人を命がけで守った胡友平さんの日常

【写真】胡友平さんの日常の素顔

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。