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精彩を欠いたと大きな批判を浴びた討論会を受けて、民主党内からバイデン大統領に出馬辞退を求める声が噴出。ニューヨーク・タイムズが社説で選挙戦からの撤退を求めるなど、波紋が広がっている。

そんな中、バイデン氏本人は、選挙への出馬の継続を宣言した。大統領選の今後の行方は。

1)討論会から一夜 バイデン大統領 選挙戦継続を強調

6月27日に行われた1回目のテレビ討論会で精彩を欠いたと批判されたバイデン大統領が、翌日の集会で、討論会について、以下のように言及し、自身のパフォーマンスが低調だったことを認めた。

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「自分がもう若くないことは分かっている。以前のように楽に歩くことはできないし滑らかに話すこともできない。以前ほど討論もうまくないが、自分が今何をしているのかは分かっている」

さらに、「私は真実を語るすべを知っているし善悪を見極める方法も分かっている。大統領職を遂行する方法、物事をやり遂げる方法も分かっている」と述べ、選挙戦を継続すると強調した。

民主党内からも、討論会に対して批判がある中、オバマ元大統領は人々に冷静に判断するよう、自身のSNSで呼びかけを行った。

「討論会で悪い夜が訪れることはある。しかし今回の選挙は、生涯を通じて一般の人々のために戦ってきた人物と、自分のことしか考えていない人物との選択であることに変わりはない。真実を語り 善悪をわきまえ、それをアメリカ国民に率直に伝える人物と、自分の利益のために嘘をつく人物との選択だ。昨夜もそれは変わらず、だからこそ11月は危機に瀕している」

このオバマ元大統領の呼びかけについて、前嶋和弘氏(上智大学教授)は以下のように分析する。

オバマ氏とバイデン氏は、前大統領と前副大統領という関係性もあり、年が離れた兄弟のように仲がいい。共に動き、ダメージコントロールをしているのだろう。今回の呼びかけは、「このままだとトランプ氏が大統領になってしまう。バイデン氏がうまく話せなかったショックはあるかもしれないが、それぐらいで揺らぐな、冷静になれ」という民主党支持者へのメッセージだ。そもそも、討論会の内容を吟味すれば、対するトランプ氏も内容が非常に怪しげで、言いっぱなしだった。それに対してより声高に否定できなかったから駄目だと評するのも、よく考えるとおかしい。冷静に内容をよく見てみれば、バイデン氏の主張は悪くなかった、そう援護射撃をすることで民主党内に広がった動揺を抑えようという意図がみえる。

対する共和党トランプ陣営は、バイデン大統領の選挙戦継続宣言をどのように受け止めたのか。中林美恵子氏(早稲田大学教授)は、今回の討論会で、トランプ陣営は、「勝算は非常に高い」と確信したのではないかと分析した。

今回の討論会を経て、このままいけばトランプ氏の勝算は非常に高いということを確信したと思う。さらに、討論会前に共和党、あるいはトランプ陣営が力を注いで立てた戦略が非常に上手くいったということにも自信を深めていると思う。そして、これはバイデン陣営もよく自覚していると思うが、この後の民主党の戦いは非常に厳しい。バイデン氏をこのまま候補者として立てるのであれば、トランプ氏優勢で進むだろう。候補者を差し替えることになった場合も、時間がない状況下で、民主党内が混乱をきたすことが予想される。どちらに転んでもトランプ氏優勢と読めるので、トランプ氏にとっては一つ自信の種になった。そんな討論会だったのではないか。

討論会を受け、最新の世論調査が発表された。討論会の後から、バイデン氏が選挙継続を宣言した演説までの間に行われた調査だが、民主党員の55%が選挙戦継続を支持、34%が交代すべきと答えている。

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2)「低調」VS「虚偽の主張」で双方に厳しい評価となった討論会

2)「低調」VS「虚偽の主張」で双方に厳しい評価となった討論会

今回の第1回討論会の内容については、双方に厳しい評価となっている。バイデン大統領は声がかすれたり、言葉に詰まる場面があった一方、トランプ前大統領は30以上の虚偽の主張があったとされる。保守系メディアは当然のように、バイデン大統領に厳しい論調を示した。一方、リベラル系メディアとされる、CNNも「バイデン氏討論会の惨敗で再選の危機に陥る」と報じ、二ューヨーク・タイムズが「ぶざまなパフォーマンスとパニックに陥る民主党」と報じるなど、今回の討論会では、バイデン大統領に厳しい論調を示している。

ニューヨーク・タイムズは、社説でもバイデン大統領に厳しい意見を示し、「ドナルド・トランプは民主主義にとって重大な危機であることを証明した。バイデン氏が今できる最大の公共奉仕は、再選を目指す選挙戦を続けないと表明することだ。アメリカは指名予定の共和党候補者に対し、より強力な対抗馬を必要としている」とし、トランプ前大統領に勝つためには他の候補が必要だとバイデン大統領に出馬辞退を求めた。

討論会を通し、バイデン大統領ではトランプ氏に勝てないと危機感を持ったことが、厳しい論調につながったのか。前嶋和弘氏(上智大学教授)は、ニューヨーク・タイムズが近年「リベラル」という、ある種の「色」を持ったメディアになりつつあることを指摘した。

ニューヨーク・タイムズは「リベラルなメディア」と近年とみに紹介されるようになっている。もっと踏み込んでいえば、もうメディアそのものが政治と一体化していて、要はインサイダーの一人になっている。だからこそ、報道にも様々な思惑が絡み、ニューヨーク・タイムズは過去にも3か月に1回ぐらいのペースで「バイデンやめろ」という論調の記事を書いている。今回の論説提示にも、読者側は「またか」という感想を持ったのではないか。とは言いながら、様々なところで引用される、影響力のあるメディアであり、世論に大きな影響力を持つ。この論説を受けて、今週来週と、世論の動きがどうなるのかに注目だ。

中林美恵子氏(早稲田大学教授)も、CNNとニューヨーク・タイムズで、過去にも「バイデン叩き」があったことを指摘した。

ニューヨーク・タイムズもCNNも、去年の秋ぐらいにバイデン政権に対して、かなり批判的なキャンペーンを張った。その最終的な目的はトランプ阻止であり、バイデン氏では勝てないだろう、という指摘だった。ところが、知名度や、党内をまとめる重鎮としての力、寄付金を集める力、色々な要素を検討した時に、バイデン氏を凌ぐ人物がおらず、候補から降ろしきることができずに、今に至った、という忸怩たる思いがあったのだろう。1週間もキャンプデービットにこもり準備をしていたこともあり、期待が高まっていたところで、今回の討論での無様な状況があり、各メディアは改めて今後を憂い、本音が出たというところではないか。

さらに、前嶋和弘氏(上智大学教授)は、討論会のルール変更が、今回トランプ氏に有利に働いたと分析した。

今年の一般教書演説は素晴らしかった。そのことを思えば、バイデン氏の語る力が衰えているわけではないと思う。前回、2020年の討論会では、バイデン氏が話している時に、トランプ氏は、横槍を入れることができた。それができなくなり、今回トランプ氏は以前よりも落ち着いて見えた。ルール変更が結果として、トランプ氏に有利に働いた形だ。
加えて、20年の討論会に比べ、司会者が突っ込まなかったことも大きい。トランプ氏はとうとうと自分の語りたいことを語り続けていたが、バイデン氏は言いよどむ部分があり、聴衆もいなかったことで間が大きくなり、より間の抜けたものに映ってしまった。私は、テレビの解説者として日本語の同時通訳が横で流れる中、片耳のイヤホンで英語を聞きながら画像を見ていた。イヤホンで音が小さかった分、バイデンの声のかすれは分かりにくく、討論の言葉のみに集中していたが、討論の内容自体は悪くはなかったと思う。

中林美恵子氏(早稲田大学教授)は、加えて、聴衆不在の影響の大きさを指摘した。

今回はルール変更のほかに、バイデン氏自らが望んだ事ではあるが、聴衆を入れない形での討論会だったことも不利に働いた。討論会後に自分の支持者の集会で行ったバイデン氏の演説は非常に力強かった。政治家というものは、支援者を前にすると力を発揮するものだ。自身のリクエストであったものの、聴衆が誰もいない場での討論は、バイデン氏にとって大きなマイナスだったと思う。

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3)今回のテレビ討論会で米国の世論は… 米大統領選の今後

3)今回のテレビ討論会で米国の世論は… 米大統領選の今後

討論会でのパフォーマンスを受けて、民主党は今後どのような対応をとるのか。もし仮に民主党が候補者を差し替える場合、トランプ氏に勝つことができる人物はいるのか。

中林美恵子氏(早稲田大学教授)は、米国内の世論のうねりを以下のように分析した。

もともと、こういったテレビ討論は、大きく支持率を変えるものではない。特に今回注目すべきは、バイデン氏の支持層は、元々は反トランプ層だということだ。そのため、対立候補がトランプ氏である以上は、バイデン氏を支持し続けるという人も少なくない。
最終的なカギを握るのは、14%ほどいる無党派層だろう。彼らは1回目の討論では決断しない。今後どう動くかに注目だ。さらに注目は「swing voter」と定義される人たちの動きだ。彼らは、16年の大統領選ではトランプ支持、20年にはバイデン支持と、支持をひっくり返している。今回、14人のswing votersをモニターし、直接話をした組織があるが、14人のうち10人が今回はトランプ氏を支持すると言っている。もっと多くのswing voterが、今回支持をまたひっくり返すとすれば、民主党にとっては大きな脅威となるだろう。

前嶋和弘氏(上智大学教授)は、「今後1、2週間でバイデン氏に対する世論がどう変わっていくか。世論の変化により、大統領選の雰囲気が今後大きく変わるかもしれない。逆にないかもしれない」とコメントし、直近の世論の動きが、今後の動向を左右する節目となる可能性を指摘した。

さらに国外では、28日、ロシアのプーチン大統領が、「核兵器を搭載可能な中・短距離ミサイルの生産を再開する必要がある」と発言。混迷を隠せないアメリカ大統領選の最中でのタイミングで生産再開を発表した形だ。

末延吉正氏(ジャーナリスト)は、今後も大統領選でアメリカ国内の混乱が浮き彫りになれば、中国やロシアが揺さぶりをかけてくる可能性を示唆し、以下のように語った。

今回の選挙戦を通じて、さらにアメリカ国内の分断が進むことが懸念される。この状況を中国のトップ習近平氏やロシアのプーチン氏が見て、次の攻め手を考えるのかと思うと、アメリカよ、しっかりしてくれと思わざるを得ない。

<出演者>

中林美恵子(早稲田大学教授。米上院予算委補佐官として10年勤務。米政界に豊富な人脈を持ち、政策に精通)

前嶋和弘(上智大学教授。専門は現代アメリカ政治。アメリカ学会前会長。米国の政治・外交・選挙制度などの事情に精通)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)

「BS朝日 日曜スクープ 2024年6月30日放送分より」

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