カタールの首都ドーハで開かれたモーターショーでは、中国製の高級EVが注目を浴びた CHRISTOPHER PIKEーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<中東の湾岸諸国は、2030年までに域内のEV使用を6倍に増やす計画。国外に活路を求める中国EVとはウィンウィンだが、産油国側には「EV輸出国になりたい」との思惑もある>

世界が二酸化炭素(CO2)排出ゼロを目指すなか、電気自動車(EV)産業は急成長を遂げている。高度な技術と膨大な生産能力を誇る中国のEVメーカーは急速に輸出を拡大。昨年は前年比99.1%増の100万台超のEVを国外に送り出した。

その中国企業がいま秋波を送っているのが湾岸諸国だ。脱化石燃料の流れをにらんで将来に備える豊かな産油国には巨大なEV市場が形成されつつある。需要の高まりに伴い、中国企業の存在感も高まり、クリーンエネルギー分野における中国と湾岸諸国のパートナーシップの深化を印象付けている。


中国はこの分野の後発組ながら、政府の振興策も手伝って、日本、ドイツ、アメリカといった自動車王国をしのぎ、今や世界のEV産業を主導。2022年には世界のEV生産の6割近くを占め、23年の第4四半期には中国のEV大手・比亜迪汽車(BYDオート)が販売台数でテスラを抜いて世界一の座に就いた。

注目すべきは、中国のEV産業が自国発のイノベーションと世界市場の制覇を目指す国家戦略のたまものにほかならないことだ。一方で、ここ数年中国のEV市場は供給過剰で価格競争が激化、EV各社は輸出に活路を見いだそうとしている。中国政府の戦略的プランもまた、EV各社の国外進出を強力に後押しする。

中国政府が目指すのは、世界のイノベーションを主導する成熟したハイテク大国になること。EV振興策もその一環だ。世界のクリーン交通需要は急拡大中で、この市場で高いシェアを獲得すれば、グリーン経済の牽引役として世界に君臨できる。

一方、湾岸諸国は脱化石燃料の流れをにらみ、経済の多角化を模索している。そのニーズは中国の利害と見事に一致し、既にウィンウィンの連携が進んでいる。

技術を格安で提供できる中国の強み

湾岸諸国の経済は化石燃料の輸出に大きく依存してきた。2021年のデータを見ると、化石燃料の輸出が軒並みGDPの4割以上を占めている。今の予想では世界の石油需要は30年代後半に減少に転じ、2050年までには日量2400万バレルに落ち込む見込み。この地域の国々にとって経済の多角化は至上命令なのだ。

課題達成の道筋は国によって違うが、この地域の国に共通する2つのテーマがある。1つは自国のCO2排出量を大幅に削減すること。そして輸出指向型のクリーンエネルギー産業を育成することだ。

その一環として、湾岸諸国は運輸部門のCO2排出を減らすため2030年までに民間と公共のEV使用を6倍に増やす計画だ。それにより、域内のEV市場は2029年までに104億2000万ドル規模に達するという。

バーレーンの砂漠にある石油採掘施設 AP/AFLO

湾岸諸国は輸出向けのEV生産も目指している。例えばアラブ首長国連邦(UAE)のドバイはEVの製造拠点を新設。エジプト、タンザニア、セネガルなどへの輸出を計画している。国内のCO2排出ゼロにせよ、輸出指向型のEV産業振興にせよ、湾岸諸国が目標を達成するには技術開発と製造インフラの整備で外部の力を借りなければならない。助っ人を買って出たのが中国勢だ。

中国企業は急成長中の中東市場に商機を見いだし、素早く進出を開始。昨年BYDがヨルダンのディーラーとの提携を発表したほか、サウジアラビア投資省が中国のEV大手・華人運通とEVの開発・製造・販売で56億ドルの提携契約を交わし、UAEのアブダビも中国のEV大手・NIOの持ち株比率を20.1%に高めるため22億ドルの戦略的投資を行った。


湾岸諸国は西側のEVメーカーとも提携しているが、西側のライバルに比べ、中国勢には2つの戦略的な強みがある。1つは原材料の調達から完成品の輸送まで自社が管理するサプライチェーンでコスト削減を徹底していること。おかげで高度な技術を格安で提供できる。

例えばBYDは電池の製造から貨物船の運航まで全てをカバーした巨大なサプライチェーンを確保している。スイスの大手銀行UBSの調べによると、BYDの最高級車・BYDシールの部品の75%は自社製だが、テスラのモデル3の自社製比率は46%にすぎない。

「見えざる障壁」が得意という、もう1つの強み

もう1つの強みは参入のしやすさだ。国家資本主義的な湾岸諸国が設ける「見えざる障壁」に西側勢は手を焼くが、中国勢はこの手の障壁をくぐり抜ける術を心得ている。しかも中国のEV大手は既に欧州市場に参入済み。EUの厳格な認証制度をクリアすれば、中東進出は楽勝だ。

中国のEVメーカーが湾岸諸国で存在感を高めているのは、双方の利害が一致するからだ。湾岸諸国が費用対効果を考慮しつつ野心的な目標を達成するには、中国企業が提供するEV製造のノウハウと「規模の経済」が欠かせない。

中国のEVメーカーがサプライチェーンを構築し、製造能力を高めるために蓄積してきたノウハウは、湾岸諸国が経済の多角化を進める上で大いに役立つ。中国企業との提携を通じて、湾岸諸国は輸出指向型の再生可能エネルギー産業を育成し、国外市場に打って出られる。今は化石燃料の輸出大国として世界経済の行方を左右するほどの発言力を持つが、将来もクリーンエネルギーの輸出大国として同様の影響力を行使できるかもしれない。

一方、中国企業にとっては、湾岸諸国におけるEV需要と、それに関連した製造インフラ需要の拡大は願ってもない商機だ。国内で競争が激化するなか、湾岸諸国は眼前に広がるブルー・オーシャンのようなもの。そこへの船出は世界市場の制覇を目指す中国政府の思惑とも合致する。

中国企業は既に太陽光や風力などの再生可能エネルギー開発で湾岸諸国と提携している。EV産業での提携はそれを補い、広げる動きで、エネルギー分野で新たなパートナーシップが生まれることになる。エネルギー分野で築かれた関係は技術、金融、農業、観光、不動産など多様な産業部門での提携につながるだろう。


それにより中国と湾岸諸国の経済的な結び付きは大幅に拡大・深化するはずだ。経済的な相互依存の深まりは、地域の戦略的な力関係にも影響を及ぼし、この地域におけるアメリカなど他の主要プレーヤーの影響力が弱まりかねない。湾岸諸国のエネルギー政策、さらには外交政策にも、中国がより顕著な影響を及ぼすことを覚悟しなければならない。

From thediplomat.com

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