習近平政権はネット世論のコントロールを強化してきた 360b-shutterstock
<日本人母子を襲った通り魔事件。亡くなった勇敢な中国人女性に「日本のスパイ」などと心ない書き込みが相次ぐと、「反日投稿規制」が発表された。これで日本バッシングは消えるのか>
「日中対立を煽り、極端な民族主義感情を挑発する違反投稿を規制」
中国大手ソーシャルメディア企業は6月29日、相次いで反日投稿規制を発表した。問題ある投稿を非公開にしたほか、一部のアカウントが書き込み禁止やアカウント閉鎖の処分を受けたという。
「これで中国ネットの反日ムードが消えるでしょ。胡さんの死は悲しいけど、日本バッシングがなくなるのは嬉しい」
中国在住の知人からこのようなメッセージが送られてきた。
本当にそうだろうか?
6月24日、上海に近い江蘇省の蘇州市で、日本人学校の送迎バスを待っていた母子を襲った通り魔事件が起きた。犯行を止めようとした中国人女性、胡友平さんが重傷を負い、事件から2日後の26日に死亡した。
身を挺して子供を守った胡さんの行為には胸を打たれるが、中国のソーシャルメディアには「(死亡した胡さんは)日本のスパイだったのだろう」「売国奴を消せ」「一番良いのは日本列島全島が沈没することだ。一日も早く日本民族絶滅を実現すべき」といった、心ない書き込みが多く見られたという(書き込みの事例は中国IT企業ネットイースの反日投稿規制に関する公告で取りあげられていたもの)。
規制はソーシャルメディアの運営企業が独自に行ったテイだが、複数の企業が同時に行動を起こしていることから当局の指示があったと見ていいだろう。
先の知人が「日本バッシング」と言ったように、ここ数年、中国のネットでは反日ムードが強まっていた。
「福島原発の処理水を垂れ流す日本は許さない」というストレート系から、「俺さま、日本タワマンに住んで豪遊。足元であくせく働く日本人ワーカーはご苦労さんwww」的な金持ち自慢系、さらには「**という中国企業は日本のスパイでは」といった中国企業に飛び火系などさまざま。
中国で息苦しさを感じていた日本人が、反日投稿規制に期待する気持ちは分からなくもない。
お上主導のジャンル栄枯盛衰が繰り返されてきた
ただ、長年にわたりジャーナリストとして中国を見てきた私からすると、「またか」ぐらいの話にしか思えない。
インターネットが普及し、いわゆるネット世論なるものが成立してからはや20年あまりが過ぎたが、この間に、反日ネット世論の台頭と一時的な抑制は何度も繰り返されてきたからだ。
習近平政権はネット世論のコントロールを強化してきた。政権批判を押さえつけるのはもちろんだが、それだけではない。最近だと経済政策に関する発言はアカンとのことだ。
日本在住の中国人研究者から聞いたのだが、ソーシャルメディア運営企業からしばらく発言を慎むようにとのメッセージが届いたという。また、健康系インフルエンサーの規制も強化された。まあ、不安を煽り、高額サプリを売りさばく人が増えすぎたので押さえつけざるを得ないのだろう。
1~2年前はアイドルファン規制というものもあった。オーディション番組で推しを勝たせるためにファンがウン十億円単位で集金する、その金を持ち逃げする、ライバルとの抗争が勃発する......といった騒ぎが目立つようになったためだ。
今年は何を取り締まるのか? 中国共産党中央サイバー安全和情報化領導小組弁公室は毎年、旧正月明けに「今年のネット清朗キャンペーン・タスク」を発表している。
2024年はというと、AI(人工知能)を使ったフェイクニュース対策が多いが、他にも「フィギュアやアニメ・マンガの同人作品という形式でのポルノコンテンツ配布」「ネット配信でのギリギリなエロトーク」といった内容も。
だいたい、盛り上がったジャンルとコンテンツは当局が規制するというのが定番だ。規制が入ると、目立ったアカウントが凍結され、他の人々もほとぼりが冷めるまでしばらく大人しくする。
お上主導のジャンル栄枯盛衰が繰り返される中で、比較的長生きしてきたのが反日コンテンツである。
中国政府としては「外国と比べれば中国はまだまし」という印象を人民に植え付けたいと考えている。例えば、コロナ禍では米国や日本の民は塗炭の苦しみにあえいでいるとの情報を流しまくり、「隔離連発の中国のコロナ対策もしんどいけど、日本や米国よりはまだまし」と感じた中国人が多かった。
反日や反米のコンテンツは「中国はまだまし」という印象操作にもつながるし、何より批判の矛先が中国共産党に向きづらい点がメリットだ。
というわけで、「日本人学校はスパイ養成所」といったトンデモ情報やそれに伴う反日感情の高まりについて、日本政府が対応を申し入れても知らんぷりだったというわけだ。
日本からの申し入れをガン無視する際の便利な文句もある。それが「人民の感情を傷つけた」だ。中国政府としては反日を煽っていませんが、人民が怒っているので仕方がないんです、というロジックである。
香港大学「中国メディアプロジェクト」の調べによると、1959年から2015年の間に、中国共産党の機関紙「人民日報」には「中国人民の感情を傷つけた」とのフレーズが143回登場した。対象国として最多は日本で51回。2位の米国35回を大きく上回っている。
ときおり行き過ぎがあると今回のように規制するが、すぐに「人民が怒っているので我々はどうしようもありませんな」が基調ラインに回帰していく。
この無限ループから脱出する方法はないものか。「感情を傷つけられた日本人民」としては抜本的な対策を期待したい。
[執筆]
高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。著書に『幸福な監視国家・中国』(共著、NHK出版新書)、『プロトタイプシティ』(共著、KADOKAWA、2021年大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実』、『中国S級B級論――発展途上と最先端が混在する国』(編著、さくら舎)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
■心ないコメントがあった一方で、日本人学校バス襲撃事件の犠牲になった胡友平さんを悼む声は、中国国内でも上がっている。天津市でも、タワーにメッセージや写真が投影され、その勇気ある行動がたたえられた
https://t.co/HVyH2ZRGYn pic.twitter.com/yK9ocQAGMH
— Feiyan Xie (@FeiyanXie) June 28, 2024
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。