「国家安全維持法」の施行から4年。今年は「国家安全維持条例」も施行され、香港における反政府的な言動の取締りは一層厳しくなっている。かつて多様な意見を育んできた特色的な教育は“反乱の温床”と見なされ、大勢の教員が身の危険を感じ、あるいは失望し、職を辞した。その数は2000人から3000人とも言われるが、今も教壇に立ち続ける教員が複雑な胸中を明かした。

「中央政府は成果を見て喜ぶ」

2021年8月、10万人近い会員を有した労働組合「香港教育専業人員協会」が解散を発表した。香港の教員は「ほとんどが民主派(現役教員談)」とされ、同協会も民主派の支持基盤だったことから「巨大な圧力を受けた」と解散の理由について述べている。香港政府教育局の資料によると、退職(定年含む)した教員の数(幼稚園、小学校、中学校、特殊学校)は2020~2021年は3406人だったのに対し、2021~2022年は5397人、2022~2023年は6748人と急増している。

「学校の変化は大きいですよ。授業で話す全ての内容に気を付けなければなりません

そう語る男性教員は、学校勤務15年以上のベテランで、周りの同僚と同様に民主派を支持していたという。学校では常に“自分の中で審査”してから発言しているといい、児童らはもちろん、こうした苦労を知らない。この男性教員が変化として最初に挙げたのは、学校での「国歌斉唱」についてだ。国歌とはもちろん、中国の「義勇軍進行曲」のことだ。

香港の小学校教員:
「以前は静かに起立していればよかったのですが、今は大きな声で、はっきりと歌わなければなりません。出来なければ、歌うようになるまで繰り返し歌わせます」

香港では2020年に、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例」が施行された。6月のサッカーワールドカップ・アジア二次予選では、国歌の演奏時に起立しなかったり、背をそむけたりしたとして3人が逮捕されている。男性教員の話からは学校においても、いかに国歌を重要視しているかわかる。

香港の小学校教員:
「高学年の児童は2019年の大規模な抗議デモのことを知っています。自分の将来のことを考えれば『歌わない』という選択はないのです。自分からすればおかしいと思うが、香港政府は中央政府の指示にきちんと対応し、中央政府はその成果を見て喜ぶ。そういうことなのです。香港では本当に愛国心からなのか、罰せられるのが嫌で仕方なく歌っているのか、それはわかりません」

一方で低学年の児童は、一生懸命国歌を歌っているという。2019年の抗議デモに触れていないか、あるいは記憶に残っていない世代だ。こうした世代は授業でも、新たなカリキュラムで学ぶこととなる。

教員は政府の“喉と舌”になってしまうのか

2021年に香港の高校では「通識(リベラル・スタディーズ)」が別の科目に置きかえられた。通識は時事問題などを複数の観点から考え、香港社会の多様な意見を育んできたとされる。「天安門事件」などもテーマとして扱っていたが、通識によって“反政府的”な考えが生み出されるとして、国安法の標的となったのだ。そして小学校でも科目の変更があり、来年から「人文科学」が導入される。この中で児童らは「愛国」や「国安法」についても学ぶこととなる。

香港の小学校教員:
「簡単に言うと『我が国は素晴らしい』と教えなければなりません。教員は教えたくなくても、学校から言われれば選択の余地はありません」

一方で香港はかつて「天安門事件」も「文化大革命」もタブーではなかったし、児童、生徒の親世代はもちろん自由な時代を知っている。こうした背景から、教育局は急速な“中国化”は受け入れられるとは考えておらず、段階的に変更を進めるものとみられる。

男性教員は授業中にデモや政治の話題になると「学校では政治のことは討論しないよ」と“無色透明”を装っているという。今はこの方法で凌げているが、この先教員は政府の“喉と舌”(中国国営メディアが共産党の広報的な役割を担うことからこのような表現が使われる)になることを求められる可能性もある。その時、5年前の民主派による「大規模デモ」について問われれば、どう答えるのか。

香港の小学校教員:
「良心に従えば2019年のことは間違っているとは言いません。しかし、この先は立場を明確にして『黒暴(黒い服を着て暴力をふるった)』『社会秩序を乱した』と言わざるを得なくなるかもしれません」

そのような状況になっても、教員を続けるのか。答えは出ていないようだった。ただ、今はまだ自分が果たせる役割があると断言する。

香港の小学校教員:
「私は1989年の6月4日(天安門事件)を身をもって経験しているので、中国共産党がどういうものか、香港がどうなっていくのか、よくわかっています。信念を持った教員たちは、児童が自分で物事の是非を考え、背景を判断できるよう、上手く解釈して導く自信があります。教育の最後のラインを守っていくということです」

男性教員は終始、淡々とした口調でインタビューに応じた。ただ「凄いプレッシャーです」という言葉には、悲壮な覚悟を感じずにはいられなかった。

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