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<環境技術の旗手だったはずのイーロン・マスク。パリ協定からのアメリカの離脱を受け、一度はトランプと決別したはずだった。そんな二人が今、急速に距離を縮める>
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は5月末、テスラやスペースXのCEOを務めるイーロン・マスクと、ドナルド・トランプ前米大統領との関係が深まっていると報じた。
2人の親密さは「月に何度も電話で話をする」ほどで、大統領への返り咲きを狙うトランプの選挙運動や、「次期」トランプ政権の下でマスクが手にできるかもしれないビジネスチャンスについて語り合っているという。
再選された暁には政策顧問にならないかとトランプがマスクに打診したともウォール・ストリート・ジャーナルは伝えている(マスクは否定)。確かに最近のマスクの振る舞いは、甘い汁を吸うためにトランプの歓心を買おうとしている一部の人々とまるで変わらない。
トランプが不倫の口止め料をめぐる裁判で有罪評決を受けた際の、マスクのX(旧ツイッター)への投稿がいい例だ。
セコイア・キャピタル(シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタル)の幹部が、評決の直後に30万ドルをトランプ陣営に寄付したことをたたえたり、「(評決は)アメリカの司法システムへの社会の信頼を大きく傷つけた」と主張したり。
右派風刺メディア「バビロン・ビー」がこの評決をネタにした記事へのリンクを投稿すると、爆笑の絵文字と共にリツイートもした。
インターネットで目立つのが大好きで、おまけに世界は自分を中心に回っていると考えがちな2人が手を組んだのは、状況を考えれば当然の成り行きだったのかもしれない。
トランプ不倫裁判の表決を受けてのマスクの投稿Indeed, great damage was done today to the public's faith in the American legal system.
— Elon Musk (@elonmusk) May 31, 2024
If a former President can be criminally convicted over such a trivial matter - motivated by politics, rather than justice - then anyone is at risk of a similar fate. https://t.co/zrHCyIZazh
個人としても選挙資金としても喉から手が出るほどカネを欲しているトランプ。あからさまな人種差別や極右的な陰謀論への肩入れがやめられないマスク。
両者の間では、個人的にもビジネス面でも人的ネットワークの重なる部分が広がっている。トランプは大口献金を狙って、有罪評決に反発する富豪たちに擦り寄っているからなおさらだ。
トランプとの関係強化により、マスクの実業家として、そして著名人としてのアイデンティティーの根っこにあったものは行き場を失った。マスクは今後の自分のブランディングや行動をどうしていくかという点で、明らかな転換点に立っている。
マスクが「政治家や企業経営者らに顔が利くテクノロジー業界の超大物」として世界に名をとどろかせるとともに、ベンチャー企業の創業で巨万の富を得た他の人々とは一線を画する存在になったのは、アメリカの産業を気候変動との戦いにおける武器にするという一見不可能な使命に向けて熱意を持って取り組んだ故だった。
Xをめぐるマスクの言動は明らかに共和党とトランプ支持に傾いている。グリーンテックの象徴だったテスラの経営がおろそかになっているとも指摘されている ARTUR WIDAKーNURPHOTOーREUTERSマスクはテスラ(当時はテスラモーターズ)を乗っ取ってその電気自動車(EV)ビジネスを支えた。草創期だった米国内の太陽光パネルやエネルギー密度の高い充電池の市場にも投資し、気候変動が自らのビジネスの動機である理由について発言を続けた。
環境意識の高いセレブたちはマスクの発言や行動を見て、マスクの知名度向上に力を貸したり映画にテスラの車を登場させたりした。
Xは右翼プロパガンダの巣窟
もちろん宇宙への夢や、NASAとスペースXとの契約が果たした役割も決して小さくはない。だが未来に向けたマスクの目標の中において、ガソリンを使わない自動車などの環境技術は大きな比重を占めていた。
そのことは、トランプ政権初期におけるマスクとトランプとの関係にも少なからず影響を及ぼした。2016年の大統領選では民主党のヒラリー・クリントンに投票したマスクだったが、17年初めにトランプの諮問委員会のメンバーになった。
トランプの周囲が「過激論者ばかり」で固められているよりは、「穏健派」のアドバイザーがいたほうがいい、というのがその時のマスクの言い分だったが、長続きはしなかった。
気候変動に関するパリ協定からのアメリカの離脱を受け、マスクは「残留すべきだと大統領に直接、助言するためにやれることは全部やった」と言って辞任した。
マスクは20年の大統領選ではバイデンに投票したと繰り返し述べている。
だがマスクの伝記『イーロン・マスク』(邦訳・文藝春秋)を書いたウォルター・アイザックソンによれば、投票日にマスクは家から出なかったという。自分が票を投じなくても選挙結果に変わりはない、というのが理由だったらしい。
またアイザックソンは、21年に大統領主催で行われたEV関連のイベントに招待されなかったことで、マスクはバイデンへの反発を強めたと指摘している。
一方で、23年にはテスラの急速充電器「スーパーチャージャー」のネットワークを一般に開放する協定をバイデン政権と交わし、スペースXとテスラは米政府との契約を大量に獲得している。
しかし、現政権の規制推進や労働組合寄りの姿勢にいら立つ超富裕層の仲間と同じように、マスクはますます右傾化していった。
マスクの政治はイデオロギーの問題だったのか、それとも個人の富の問題だったのか。党派にこだわらない政治献金や大物共和党議員との衝突を考えると、常に後者が前者の根底にあるようだ。
いずれにせよ、トランプへの寄付や支持については曖昧な態度を続けているが、公的な発言やイデオロギー的なコミットメントは、今や完全に前大統領支持に傾いている。
中国・杭州のテスラ販売店 CFOTOーSIPA USAーREUTERSトランプは資金を切実に必要としていた今年3月にマスクに擦り寄り、共和党全国大会に演説者として招待すると言い出した。この頃CNBCの取材で、マスクとは「長年の親交がある。私が大統領だったときに彼を助けたことがある。彼のことは前から好きだ」と語っている。
これは中国からの輸入品の関税を大幅に引き上げたことを指しているのかもしれない。中国の安価なEV産業は、テスラの世界的な売り上げに大打撃を与えている。
バイデン政権は対中国の関税措置の多くを引き継いでいるが、一方で、テスラのライバルであり、EV競争に本格参戦したアメリカの大手自動車会社を丸ごと支援する税控除策を導入した。
しかし、ビジネスを超えて、マスクはバイデン政権下で共和党に深く傾倒するようになった。
ツイッター(現X)を乗っ取り、トランプのアカウントを復活させ、憎悪に満ちたコンテンツと右翼プロパガンダの巣窟に変えた。最近はXでたびたびバイデンを非難しているが、現在のXは主に、共和党関連団体の広告と有料サブスクリプションサービスに支えられている。
気候変動対策より大切なこと
一部の投資家は、マスクはXに執着するあまりテスラの経営を置き去りにしていると不満を募らせている。
昨年11月にリベラル派のメディア監視団体メディア・マターズ・フォア・アメリカ(MMFA)が、X上でヒトラーやナチスを賛美する投稿と並んで表示される広告について指摘をし、多くの大手企業が広告掲載を中止した。
マスクはXを攻撃したとして数日後にMMFAを提訴。法廷闘争で資金難に陥ったMMFAは人員削減を余儀なくされ、マスクとトランプ、そして、彼らが監視していたMAGA(アメリカを再び偉大に)系メディアは喜んでいるようだ。
今年4月にマスクは著名な投資家や経営者を集めた反バイデン・反民主党の夕食会に携わり、出席者の一部は6月にもシリコンバレーでトランプ支持の資金集めイベントを開催した。マスクも近く、トランプと共同でX上の「タウンホール」ミーティングを計画している。
マスクにとってテスラの現在の優先事項が何であるかも、同じくらい分かりやすい。
EV分野でかつての圧倒的な市場シェアと収益を失いつつあるなか、マスクは電動ピックアップの「サイバートラック」にのめり込んでいるが、投資はほとんど回収できていない。CEOである自身の560億ドルの報酬パッケージは、一時裁判所に無効と判断された。
5月初めにはスーパーチャージャー部門の数百人をほぼ全て解雇した(その約1週間後に、事業拡大に資金を投じる意向をXで表明した)。
マスクはテスラをもはや「自動車会社」とは考えておらず、自動運転とAI(人工知能)技術のための手段であると公言しているが、テスラの運転支援機能「フルセルフドライビング」は悲劇的な失敗を重ねている。
マスクの頭の中で、気候変動は完全に後回しになった。最近は、性器のかゆみについてジョークを飛ばすAIチャットボットの開発のために数十億ドルを調達し、優生主義的なプロナタリズム(出産奨励主義)を支持して、移民や企業のダイバーシティをめぐる人種差別的な陰謀論の擁護に忙しそうだ。
従って、トランプが石油業界の重役に明確な見返りを約束し、EVの販売を全面的に禁止すると脅して政権を奪還した暁には、あらゆる種類のグリーンテック優遇措置を撤廃するつもりであることも、今のマスクはほとんど気にしていない。
自分に現在の名声と力をもたらした気候変動のアジェンダも、もはやどうでもいいのだろう。
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