購入したマイホームの前に立つアンソニー・バルガスさん=米中西部ミシガン州ディアボーンで2024年4月3日、大久保渉撮影

 米国で2023年、多くの労働者が待遇改善を求めて立ち上がった。労働省によると、1000人以上が参加したストライキは33件(参加人数・約45万8900人)で、00年以来の多さ。物価上昇(インフレ)で生活が苦しくなった人々が、新型コロナウイルス禍後の好業績に沸く経営陣に怒りを爆発させ、相応の「分け前」を勝ち取った。

 米自動車大手フォード・モーターで働くアンソニー・バルガスさん(39)もその一人。23年9月に始めた40日間を超すストで25%の賃上げを獲得した。4年後の年収は約9万9000ドル(約1510万円)となり、スト前に比べ約2万3000ドル(約350万円)増える。蓄えていた15万ドルの頭金と住宅ローンで、念願のマイホーム購入を実現した。

 この賃上げ、「強欲」と見るか「妥当」と見るか。米経済を担当する特派員記者としてストの状況をウオッチしていた私は、当初は前者の印象がやや強かった。大幅な賃上げで生産コストが上がり、フォードが海外メーカーとの激しい国際競争に敗れる恐れがあるからだ。今回の待遇改善に掛かる人件費は4年で88億ドル。1台当たりの生産コストは900ドル(約14万円)上がる。行き過ぎた要求が重荷となり経営が傾けば本末転倒だ。

 だが、バルガスさんの話を聞いて認識が変わった。物価上昇が続く米国では、賃上げなしには以前と同じ水準の生活を保てない。「マイホームを買った」と聞けばぜいたくな感じもするが、平日10時間労働、土日も休まずに稼いだお金で頭金を用意し、スト後の約350万円の増収も働き詰めの生活を前提にしている。強欲なのは、労働者を犠牲に、役員報酬と株式配当を増やす経営側の方ではないか。

 バルガスさんは「30代になってもマイホームを買えず旅行にも行けない。ストで勝ち取ったのは『普通の幸せ』に過ぎないんだ」と繰り返した。こうした考え方が広がり、米国ではストや労組結成に向けた動きが活発化。米ギャラップ社の世論調査でも約7割が労組を「支持する」と回答している。

 翻って日本社会はどうか。現役世代の多くは現状に不満を抱えるが、ストなど労働争議には白い目が向けられがちだ。普通の幸せを求める声。もっと大きくなっていいのではないかと思う。

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