「ザ・ライン」の完成予想図。巨大な壁に挟まれた幅200メートルの都市が170キロにわたって伸びている CHOI YURIM/SHUTTERSTOCK
<全長約170キロメートル、幅約200メートル──砂漠の中に都市を造り、鏡貼りの壁で覆う「ザ・ライン」計画。AIが運営する世界初の街を目指すというが、全面的な監視による独裁体制の強化が懸念される>
中東で今、2つの規格外の都市の建設が進んでいる。
1つはエジプトの新しい行政首都で、10年近く前から第1弾の移住が始まっている。まだ名前のないこの都市には、中東最大のコプト教会やエジプト最大のモスク(イスラム礼拝所)、さらには古代エジプトにヒントを得た巨大な建造物が立ち並ぶ。
もう1つはサウジアラビアが計画しているもので、こちらははるかに独創的だ。
砂漠の中に造られる「ザ・ライン」と呼ばれる未来都市である。そのビジョンは既に国際的に広く知られており、国の再興に注ぐ壮大な野心の表れとも、独裁体制の残虐な現実から国際社会の注意をそらす取り組みともいわれている。
この2つの都市は、21世紀の独裁国家がその正統性を裏付けるための全く異なった戦略を示している。
テクノクラートから従来型の独裁者となったエジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領は、国の近代化を約束している。20世紀の多くの官僚主義的な独裁体制と同じだ。
対照的なのが、サウジアラビアの事実上の国家元首であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。
彼は新都市構想で、ある種のSF的ファンタジーを推し進めているだけでなく、国際的で反体制的な感覚さえ持つ人々に巧みに訴えかけ、国内外でのサウジアラビアのイメージを向上させようとしている。
ザ・ラインの提唱者であるムハンマドは、自身のイメージアップが急務だと理解しているようだ。国際社会では今も彼は、2018年にトルコのイスタンブールのサウジアラビア総領事館で起きた反体制ジャーナリストのジャマル・カショギ殺害事件との関連を疑われている。
サウジアラビアのイメージを変えるため、ムハンマドは従来型の近代化にとどまらない取り組みを行っている。なかでも最大の驚きがザ・ラインだ。
全長約170キロ、幅約200メートルの細長い都市で、高さ約500メートルの鏡貼りの壁が挟み込むように立っている。住みやすさと効率性を最大限に追求すると、都市は1本の線(ライン)になるのだという。これは5000億ドルを投じて北西部で進む未来都市計画NEOMの一環だ。
ILLUSTRATION BY CORONA BOREALIS STUDIO/SHUTTERSTOCKザ・ラインは最高のエコシティーとして宣伝されている。自動車を全く走らせず、二酸化炭素の排出量はゼロ。都市全体を網羅する高速鉄道を地下に造る。
昨年のベネチア・ビエンナーレ国際建築展でのサウジアラビアの展示によれば、ザ・ラインはムハンマドが掲げる「人間の住みやすさの向上」を実現する公共空間だ。
この展示では、イギリスの著名な建築家デービッド・アジャイから欧州中央銀行を設計したオーストリアの設計事務所コープ・ヒンメルブラウまで、世界的な建築家たちが作ったザ・ラインの設計案が紹介された。
エジプトが首都カイロの東50キロに建設している新しい行政首都 KHALED ELFIQIーMATRIX IMAGESーREUTERS古くて新しい「直線型都市」
直線型都市のアイデア自体は、新しいものではない。
1800年代にはスペインの都市計画者アルトゥーロ・ソリア・イ・マータが、このアイデアを先駆けて導入。路面電車の線路に沿って都市を建設し、通勤時間を短縮して人々の幸福度を最大限に向上させる構想を打ち立てた。
20世紀前半にはアメリカの都市計画者エドガー・シャンブレスが、アメリカ大陸を横断する直線型都市の設計を考案。同様の構想はソ連でも持ち上がっていた。
これらのプロジェクトは、いずれも実現していない。確かに計画は魅力的だった。移動手段は効率的だし、都市を拡張する際も容易にできるだろう。
しかし無秩序に広がることを防ぐために、直線型都市は極めて高いレベルの管理を前提としている。そこで暮らす人々も、ルールに従うことが求められる。
ザ・ラインは、60年代の実験的建築グループ「アーキグラム」や「スーパースタジオ」が開発したアイデアも取り入れている。
いずれも前衛的な設計で知られたグループで、前者は巨大な金属製の脚で地上を自由に移動できる構造物「ウオーキング・シティー」、後者は砂漠などの中に建てられた直線型の構造物「コンティニュアス・モニュメント」が有名だ(こちらは不気味なほどザ・ラインに似ている)。
だがアーキグラムやスーパースタジオの青写真は、アメリカの都市社会学者マイク・デービスが言う「夢を実現する都市主義」に興味を持つ専制君主や投資家に気に入られるために描かれたわけではない。
むしろその意図は反体制的であり、消費者資本主義に批判的だ。例えばコンティニュアス・モニュメントは、過度の都市化が自然破壊を引き起こす危険性を当時から提起していた。
スーパースタジオの共同創設者アドルフォ・ナタリーニは71年、「デザインが単に消費を誘うものなら、われわれはデザインを拒絶すべきだ。建築が単にブルジョア階級の所有権と社会のモデルを体系化するものなら、われわれは建築を拒絶すべきだ」と語った。
スーパースタジオは反消費主義と反資本主義の下に、反デザイン・反建築を掲げていた。
それでも60年代の反体制文化の動きとザ・ラインの間には、驚くべき連続性がある。NEOMに携わっているイギリスの建築家ピーター・クックは、アーキグラムの創設者だ。
ベネチア・ビエンナーレ建築展で入手できた豪華な大型本によれば、ザ・ラインのインスピレーションの源はパンクだという。パンクは攻撃的な反体制の音や表現を通じて、音楽を最大限に破壊した。
ザ・ラインの立案者たちは道路などの基本的なものを取り除くことが、都市に対する従来の解釈を最大限に破壊すると考えている。
独裁者が欲しい好都合な物語
この大型本によれば、ザ・ラインの住民の多くは外国から移住してくるクリエーティブな人々になる。この都市は「自由な思索者」を「制約のない開放的な都市空間」に引き付けることを目指しているという。
ザ・ラインは進捗状況が明らかでなく、計画どおりに完成するかも分からない。ムハンマドはベンチャーキャピタリストさながらに、いくつもの巨大建造物に資金を投じているようだ。その中には成功するものもあれば、失敗するものもあるだろう。
今年4月には、ザ・ラインの第1段階の計画縮小が報じられた。30年までに建設して150万人が暮らすという当初の目標から、住民は30万人にまで減らされ、全長も約2.4キロに短縮されるという。
プロジェクトの実現可能性には大きな疑問符が付く。現時点では、PR資料が示すような高速鉄道は造られていない。火災の際の安全性の確保や、道路がない都市でどうやって救急車を走らせるかも明確になっていない。
いくつかの研究では、直線型よりも環状型の都市のほうが環境に優しいという見方も示されている。
鏡貼りになっている高さ500メートルの壁に衝突しかねない鳥類や、新しい都市の建設によって砂漠を横切れなくなる野生動物への影響についても、ほとんど考慮されていないようだ。ザ・ラインの建設予定地にいま暮らしている人々のことも、ほぼ無視されている。
ザ・ラインが完成すれば、最大で2万人の先住民ハウェイタット人が住む場所を追われる可能性がある。人権擁護団体はサウジアラビア政府がプロジェクト反対派を厳しく弾圧していると批判しており、これまでハウェイタット人の活動家1人が特殊部隊に撃たれて死亡した。
それでもイスラム原理主義的な王家が支配するサウジアラビアは、前衛的なアイデアによるイメージチェンジを図っている。目指すは近代的なだけではなく、ヒップで自由な政府のイメージだ。
この意味でサウジアラビアの取り組みは、ヨシフ・スターリンが芸術と建築に対して従来型のアプローチを取る前の、初期のソ連が行った芸術的実験に似ている。
ザ・ラインは最終的に、「AIが運営」する世界初の「認知都市」になるという。それが何を意味するのかは誰も説明していない。だが、全面的な監視は避けられないようだ。
サウジアラビアで起きている全てのことをイメージ戦略として片付けるのは間違っているし、全てのイメージ戦略が効果的だと想定するのも間違いだ。ムハンマドを「サイバーパンク」や「クール・アラビア」と関連付ける記事の中にも、カショギの名前は登場する。
一つ確かなのは、新しいスタイルの独裁者が自分たちに好都合な物語や情報操作を必要としているということだ。プロジェクトが幻想的であるほど、物語は魅力を増す。他国の独裁者たちがその点に注目し、いつか同じような都市を建設しようとするかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
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