ドキュメンタリー映画「アニマル ぼくたちと動物のこと」の主人公、ヴィプラン・プハネスワラン(左)とベラ・ラック(右) ©CAPA Studio, Bright Bright Bright, UGC Images, Orange Studio, France 2 Cinéma – 2021
<気候変動に不安を抱える若者たちが希望を求めて行動する姿を描いたドキュメンタリー映画「アニマル ぼくたちと動物のこと」>
世界の若者の間に気候(エコ)不安症と呼ばれる現象が広がっている。気候不安症とは、顕在化してきた気候変動の脅威から将来に悲観的になり、恐れや悲しみ、不安、怒り、無力感などを覚える症状のことだ。
2021年にイギリスのバース大学などがアジアやヨーロッパなど10カ国に住む16〜25歳の1万人を対象に行ったネット調査によると、若者の59%が気候変動の影響を「不安でたまらない」と感じ、45%以上がその感情が日常生活に悪影響を及ぼしていると答えた。
若者の暗い将来観に衝撃
現在公開されているドキュメンタリー映画「アニマル ぼくたちと動物のこと」の主人公、ロンドン在住の学生ベラ・ラックとパリに住む環境活動家ヴィプラン・プハネスワランも、地球の異変に不安と怒りを募らせるティーンエイジャーだ。何か行動しなければとデモやストライキにも参加するが、手応えはつかめていない。
監督のシリル・ディオンは2人に出会った時の印象を米誌のインタビューで次のように話している。
「私は気候変動問題にある程度詳しく、批判的な視点を持っている若い活動家を選んだが、彼らが非常に暗い将来観を抱いていることに驚いた」
撮影に先立ち、ディオンは動物行動学者で環境保護活動家のジェーン・グドールと話をしたという。
グドールは26歳の時に単身タンザニアの森に入ってチンパンジーの群れを観察し、動物に知性や感情があることを発見した業績で知られる。希望を失いつつある若者が増えていることを気にかけた彼女は、50歳を過ぎるとタンザニアで若者主導の環境保護プログラム「ルーツ&シューツ」を立ち上げた。
左から、ベラ・ラック、ヴィプラン・プハネスワラン、ジェーン・グドール ©CAPA Studio, Bright Bright Bright, UGC Images, Orange Studio, France 2 Cinéma - 2021ルーツ&シューツは若者たちが希望の根(ルーツ)を張り、芽を出す(シューツ)ことができるよう命名された。69の国と地域で約1万2000のグループが環境・動物保護など関心ある分野で活動しているという。彼女は90歳となった今も世界を飛び回り、希望捨てずに行動してほしいと若い世代にメッセージを送り続けている。
ベラとヴィプランも知識は豊富だが、世界で進行する環境破壊や動物保護の最前線を「体験」しているわけではない。ディオンはグドールとの話から、2人を世界各地に連れ出し、彼らの気持ちの揺れに寄り添った映画を撮るという構想を固めていったという。
「種の絶滅」は人のせいなのか?
「アニマル」のテーマは種の絶滅だ。WWF(世界自然保護基金)の報告によると、1970年から2018年の間に地球上の脊椎動物の個体群は平均で69%減少したという。世界の科学者が「6度目の大量絶滅」と呼ぶ危機の原因は、気候変動、侵略的外来種、環境汚染、乱獲、生息環境の破壊の5つといわれている。
ディオンは2人を連れて、これらの課題解決に取り組む学者やジャーナリスト、政治家、畜産農家、パーマカルチャー実践者らの元を訪れた。2人は彼らの言葉を吸収し、時に作業を手伝って汗を流し、自然の中で感性を研ぎ澄ました。
2人が現場を「体験」して実感したのは、問題の複雑さだ。フランスのウサギ農場では集約畜産が経済システムと連動した構造的な問題であることを知り、スイスではオオカミと家畜の羊の共生方法を探る男性と出会う。また、ベルギーの昆虫学者からは、セイヨウミツバチ以外の野生のハチが1万数千種もいることを学んだ。生態系は人も含め、生物間の繊細なバランスによって保たれているという実感は、2人の希望の糸口にもなっていく。
ウサギ農場を訪れたヴィプラン・プハネスワラン(中)とベラ・ラック(右) ©CAPA Studio, Bright Bright Bright, UGC Images, Orange Studio, France 2 Cinéma - 2021当初、人の存在が悪ではないかと苦しんでいたベラが「この旅で私は動物のことを学ぼうと思ったけど、人について多くを学んだ」と話すシーンが印象的だ。
不安克服のためのアクション
国際生物多様性の日である5月22日、日比谷コンベンションホールで開かれた同作の特別試写会シンポジウムには、配給会社のユナイテッドピープルが学生50人を招待した。
上映後に解説者として登壇したWWFジャパン自然保護室長の山岸尚之さんは、「主人公の2人がどう行動したら良いかを悩みながら考えていくところに共感した。生物多様性の問題は複雑。解決策はXのリポストやインスタグラムの中に都合良く転がっているわけではない。さまざまな人と対話しながら社会の複雑な関係性の中で一生懸命探していくしかない」と話した。
WWFジャパン自然保護室長の山岸尚之さんその後の活動発表では、小学生から20代の社会人まで8人が登壇し、それぞれ素朴な疑問や関心領域からプラごみ削減などの行動を起こした経緯を語り、会場の学生たちに自らのグループへの参加を呼びかけた。
日本でルーツ&シューツを広めるために設立された団体、NPO法人ジェーン・グドール・インスティテュート・ジャパンの大庭美菜さんや、2021年に日本で初めてルーツ&シューツに登録したボランティアグループを立ち上げ、現在日本の同活動のリーダーも務める高校生のRenaさん、IUCN(国際自然保護連合)日本委員会で若手の活動を支援する稲場一華さんも登壇した。上映後は参加した学生と登壇者が立ち話をする姿があちこちで見られた。
若年層を気候不安が覆う時代の中、大人も気候アクションに参加する若い世代を表面的にとらえず、もっと彼らの本心に向き合う必要がある。自分の思いを話して共感や理解を得られるプラットフォームへの参加は、彼らが不安を克服するためでもあるという理解は必要だ。
日本でも世界でもそのための場作りが広がっている。例えば、COP27を機にロンドンで生まれ、世界に広がる「気候カフェ」は、彼らが抱える「不安な気持ちをアクションに変えよう」をコンセプトに、気候不安を感じる人同士が気軽に話せる場所だ。
10代の活動家の視点に寄り添い、希望の片鱗を示した「アニマル」は若者の評価が高く、ヨーロッパ映画賞2022でヤング観客賞、ナミュール国際フランス語圏映画祭2021でユース審査員賞を受賞している。ディオン監督は、既に続編の準備に入っているそうだ。
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