有罪評決後もトランプは不正な裁判だと不服顔だった(ニューヨーク、5月30日) SETH WENIGーPOOLーREUTERS

<元ポルノ女優が証言台に立ち不倫口止め料の詳細を語ったトランプ裁判。12時間弱に及ぶ評議の末、アメリカ史上初めて大統領経験者への「有罪」判決が言い渡された>

5月30日午後4時37分。法廷内にひそやかなざわめきが広がった。ここはマンハッタンにあるニューヨーク州地区裁判所。ドナルド・トランプ前大統領の不倫相手への口止め料支払い疑惑をめぐる裁判は大詰めを迎えていた。

陪審員の意見が割れて評議が翌日に持ち越されるかと思われた矢先、空気が変わった。フアン・メルチャン判事が、陪審員団が評決に達したと伝えたのだ。

陪審員団は12時間弱に及ぶ評議の末、第1級の業務記録改ざんで34件の罪に問われたトランプに有罪の評決を下した。1件につき最高4年の懲役刑が科される罪だが、刑期が加算され何十年にも上ることはなさそうだ。

大統領経験者には刑務所でもシークレットサービスを付けなければならないため、コスト面からも実刑となる見込みは薄い。

現時点で、トランプは有罪が確定した「重罪犯」だが、控訴すれば裁判が長引き、その間は収監される心配はまずない。

評決が読み上げられる前、トランプは腕組みして座り、前方をにらんでいた。弁護士のトッド・ブランチとエミル・ボーベが彼に何か耳打ちした。

息子のエリック・トランプはちょっとだけ席を外し、急いで戻ってきた(評決が言い渡される前にトイレに行く時間はあるかと記者の1人が職員に聞き、「ありません。本当にいま行きたいんですか」との答えに周囲が笑いを漏らす一幕もあった)。

アルビン・ブラッグ検事も評決を聞くために席に着き、隣席の検事と二、三言葉を交わして、あごに手を当て運命の時を待った。アメリカ史上初めて大統領経験者が刑事責任を問われた裁判で、彼が率いる検察チームは果たして有罪を勝ち取れるのか......。

陪審員たちは裁判の間ずっとそうしてきたように、トランプとは目を合わさずに法廷に入り席に着いた。

34件の罪状の1つ1つについて、陪審長が有罪を告げる間、法廷内の全員が着席し黙って聞いていた。罪に問われたのは小切手11件、請求書11件、元帳12件の改ざんだ。

評決が言い渡された後、トランプは目を閉じているように見えたが、ブランチ弁護士は両手で顔を覆っていた。

「真の評決は投票日に」

ブランチは検察側証人のマイケル・コーエンが虚偽の証言をしたと主張。その証言に依拠した陪審員団の評決を覆すよう求めたが、判事はすぐにこれを却下した。

陪審員全員が評決に異論はないと認めた後、メルチャンは6週間にわたる裁判での彼らの労をねぎらった。そして量刑は7月11日午前10時に言い渡すと宣言した。

有罪評決後にフロリダ州のトランプの別荘「マールアラーゴ」前に集まった支持者 MARCO BELLOーREUTERS

トランプは法廷から出るときに、その場にいた息子のエリックの体をつかむようなしぐさをした。法廷内は緊迫感に包まれていたが、不気味なほど静まり返っていた。パソコンの使用は許可されていたが、Wi-Fiがダウンしたため、傍聴席の記者たちはいち早くニュースを伝えようと躍起になっていた。

有罪を勝ち取ったブラッグはキャリアの絶頂ともいうべきこの瞬間にも表情一つ変えず前を見つめていた。

「この裁判で評決を出せたことはアメリカの司法制度の面目躍如たるものがある」と、傍聴席にいた著名な元判事のビンセント・グラッソは本誌に語った。「全ての証拠を検討した上で、これは実にまっとうな評決だと言える」

トランプは予想を裏切らず憤慨し、評決後に記者団に次のように語った。「恥ずべきことだ。腐敗して矛盾した判事による不正な裁判だ。不正な裁判だ。不名誉だ。彼らは裁判地の変更を認めなかった。この地区のこのエリアで、私たち(の支持率)は5%か6%だった。真の評決は11月5日(大統領選の投票日)にアメリカ国民が下すだろう」

結局のところ、検察が語ったストーリーは首尾一貫していて説得力があった。2016年の大統領選の直前、トランプは当選に向けた違法な策略として、コーエンを通じて不倫相手の元ポルノ女優ストーミー・ダニエルズに口止め料を渡し、業務記録を改ざんして支払いを隠蔽した。

検察は、17年にトランプからコーエンに支払われた42万ドルは立て替えた口止め料を弁済するスキームの一環であり、帳簿上の「弁護士費用」ではないことを示す膨大な「証拠の山」を提示した。

トランプの弁護団はこれらの証拠について説得力のある説明に苦労し、弁護士費用であることを示す書類も提示しなかった。

最終弁論でジョシュア・スタイングラス地方検事補は次のように述べた。「この者たちがつくり上げたこのスキームは、トランプの大統領当選を後押しした可能性が高い。有権者を欺くためのこの行為が、実際に選挙に影響を与えたかどうかを知るすべはないが、私たちがそれを証明する必要はない」

「トランプの陰謀」が成功

とはいえ、16年のトランプ勝利の衝撃、20年の大統領選への攻撃、そして24年のカムバックが演出している無敵のオーラを考えてみれば、16年10月にダニエルズのスキャンダルが発覚していたら何かが変わったはずだという見方には疑問を感じる。

しかし、検察が示した時系列を改めて見ると、16年の選挙をめぐるトランプの犯罪的な共謀のインパクトは、現在の私たちが感じるよりはるかに大きかっただろう。裁判ではさらに、共和党の予備選でもトランプ陣営の陰謀が成功した経緯が語られた。

何より一連の出来事は、トランプ本人も自分が勝つかどうか分からなかった時期に起きた。しかも特に重要な部分は、16年10月の『アクセス・ハリウッド』スキャンダルでトランプの支持率が低下した後、民主党候補のヒラリー・クリントンの私用メール問題の再捜査について報じられるまでの短い間に起きている。

10月8日、テレビ番組『アクセス・ハリウッド』の収録中にトランプが下品な言葉で女性の話をしていたことが報じられ、陣営は混乱に陥った。トランプとの複数回の電話を経て3日後の11日、コーエンはダニエルズに口止め料を支払うためにペーパーカンパニー設立の手続きを始めた。

ところがトランプは、支払いを選挙後まで引き延ばし、払わずに済ませようと考えた。10月24日、26日、28日にトランプとコーエンが電話で協議を重ね、コーエンはトランプの命令でダニエルズ側と取引をまとめた。

10月26日、口止め料の13万ドルが、コーエンの個人口座からペーパーカンパニーに入金された。27日、コーエンからダニエルズの弁護士キース・デビッドソンに電信送金の手続きが取られた。

翌28日、クリントンが国務長官時代に公務で私用メールを使っていた問題でFBIが捜査を再開したことが報じられ、情勢は大きく変わった。その約10日後、トランプが大統領に当選した。

開票が進んでトランプの勝利が明らかになり始めた頃、デビッドソンはナショナル・エンクワイアラー紙の編集者ディラン・ハワードにメールを送った。

「私たちは何をしたんだ?」

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