墜落現場の捜索。事故に不審点はないとみられる(5月20日) AZIN HAGHIGHIーMOJ NEWS AGENCYーANADOLU/GETTY IMAGES

<ヘリコプターとともにイランは神権主義の軍事国家へと転落する...事故死したライシ大統領の後継者が誰であろうと、国内政策のさらなる保守化と中東の不安定化は避けられない>

5月19日、イランのイブラヒム・ライシ大統領とホセイン・アミール・アブドラヒアン外相ら8人を乗せたヘリコプターがアゼルバイジャン国境に近い山岳地帯で墜落し、全員が死亡した。

この事故により、イランがさらに窮地に陥り、そして中東がもっと危険になるのは間違いない。次の政権はイラン社会にイスラム法の厳格な解釈を課し続ける可能性も高い。

「イスラエルに死を」「アメリカに死を」路線は継続され、代理組織を通じて地域的影響力を高めようとするだろう。そして、今度こそ核兵器開発に踏み込んでいくだろうとみられる。

なぜか。次世代の指導層は、ライシのように若い頃にイスラム革命を経験した世代以上に強硬だからだ。

次期大統領が誰になるにせよ、その人物が嫌われ者の強硬派だったライシ以上に攻撃的で厳格であることはほぼ確実だ。その上、陰の権力者であるイラン革命防衛隊は権力を一段と強化し、遠くない将来、公然とトップに立ってイランを暴力で直接支配するかもしれない。

ライシの死に犯罪の兆候はなかった。つまり、イランは自国の大統領を乗せるヘリさえまともに飛ばせなかったわけだが、それも意外ではない。

アメリカの制裁により、1960年代に開発されたアメリカ製の航空機やヘリを維持管理するのは困難になっていた。しかも、その任務を担う軍や治安当局は腐敗まみれだ。

事故直前にアゼルバイジャンを訪問していたライシ(5月19日、写真提供はイラン大統領府) OFFICE OF THE PRESIDENT OF THE ISLAMIC REPUBLIC OF IRAN/GETTY IMAGES

今回の墜落事故は政治的に微妙なタイミングに起きた。イスラム革命を率いたルホラ・ホメイニ師が89年に死去した後、最高指導者の座に就いたアリ・ハメネイ師は既に85歳だ。

ライシは地味で創造性に欠ける人物だったが、ハメネイ体制の忠実な執行役だった。最近では2022年にヒジャブの着用をめぐり道徳警察に拘束されたクルド系女性が不審死を遂げ、大規模デモが起きた後に、着用徹底を図る法整備を無慈悲に進めた。

ヒジャブの不着用がイスラム共和国の終焉につながることを恐れ、数百人のデモ参加者が死亡しても見て見ぬふりをしたのである。

後継者選びは難航する

ハメネイはライシを後継者にする準備を進めていたようだが、彼が事故死した今、どうなるだろうか。

政権指導部は硬直化しており、めぼしい後継者は見当たらない。ハメネイの息子モジュタバ・ハメネイはそれなりの知名度があり、政権の保守的な神権主義を支持しているという意味で大統領になる資格はある。

革命防衛隊のパレードに臨むライシ(テヘラン、4月17日) MORTEZA NIKOUBAZLーNURPHOTOーREUTERS

ただし、イランの現体制は世襲制否定の上に成り立っている面もあり、モジュタバが権力を握れば、革命と神権政治の仮面をかぶった暴力国家にさらなる嘘が加わることになる。かといって、政権の教義に同調する著名な神学者が大勢いて、その中から後継者を選べるわけでもない。

悲劇的な皮肉だが、辛辣で保守的なライシが、イランが神権主義の軍事政権に転落するのを防ぐ防波堤の役割も担っていた。革命防衛隊は何十年にもわたって権力を拡大し、経済と国家のさまざまな部門を支配してきた。

彼らはイデオロギー的にハメネイ政権を支持する数少ない部門であり、しかも武器を持っている。誰が次期大統領になろうとも、革命防衛隊の政府や社会への影響力がこれまで以上に強まるのは確実だ。

神権主義の軍事国家への転落は今後も続くだろう。遠くない将来、革命防衛隊が公然と最高権力を担うシナリオもあり得るかもしれない。

驚くべきことに、現支配層の後継世代は、神学的にも政治的にもライシ以上に保守的だ。世界中のポピュリストの間でエリート層への拒絶反応が広がるなか、彼らはそのイラン版として、現指導部の腐敗と皮肉主義に不満を募らせ、アメリカにより直接的に対抗したいと考えている。

それでも、ハメネイは政権維持のために彼らの支持を必要としている。そのため、次期大統領、そして最終的には精神的指導者である自身の後継者を指名する際に、彼らの意見を考慮せざるを得ない。

ライシもハメネイも革命防衛隊も、イラン国民の大多数が政権の保守的な神学的信条やさまざまな制約に否定的であることを認識している。ということは、残念ながら、次期指導者が市民への制約を増やし、保守的な路線を取る可能性が極めて高い。

「士気が上がるまで殴打し続ける」という英語圏での古い冗談が、悲劇的な形で現実になるのである。

代理勢力による危険な挑発

対外政策では、ライシは「抵抗の外交」を追求し、西側、とりわけアメリカに対する敵意を強めてきた。しかし一方で、欧米諸国との核合意の再交渉には前向きだった。

さらにライシは、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派をはじめ、地域のさまざまなシーア派武装組織、ガザ地区を実効支配するハマスなどの代理勢力を通じて、中東での影響力を拡大するというイランの長年の努力を強化してきた。

イランからのドローンやミサイルは次々に迎撃された(イスラエル領内、4月14日)AMIR COHENーREUTERS

15年に米英仏ロ中独との間で、イランが核開発を制限するのと引き換えに欧米諸国がイランに対する経済制裁を解除するという「包括的共同作業計画」、いわゆるイラン核合意が締結された。しかし、先に合意を離脱したのはアメリカだった。

それでも昨年10月7日にハマスがイスラエルを攻撃し、イスラエルがガザに侵攻した後、ライシ政権はアメリカに、そしてイスラエルに、地域の戦争に巻き込まれたくないという意思を慎重に伝えてきた。

しかしイスラエルとハマスの戦争は長引き、地域の緊張は徐々に悪化。フーシ派は紅海を航行する各国の船舶や、さらには米軍の駆逐艦に向けて、ミサイル攻撃を繰り返した。

今年4月にはシリアのイラン大使館がイスラエルによるとみられる空爆を受け、イランの軍司令官などが死亡。

イランは報復として300以上のドローン(無人機)やミサイルでイスラエルを攻撃した(驚くことにイスラエル、アメリカ、フランス、イギリス、ヨルダンの迎撃システムが連携しほぼ全て撃ち落としたが)。

しかし、いずれミサイル攻撃が「成功」するか、イランやイスラエル、近隣の国で新たな惨事や緊張が起きるか、あるいはイスラエルやイランの兵士、ヒズボラの戦闘員が殺害されるだけでも、戦争が勃発する可能性がある。

ライシの後継者の下でイランがさらに強硬になれば、緊張が高まり、小さな事件が大規模な紛争に発展する危険性が高まる。ハマスの攻撃がイスラエルのガザ侵攻を誘発して以来、中東の全ての当事者が避けようとしてきた戦争が、ついに始まるかもしれない。

トランプ核合意離脱の代償

ライシの前任者たちは長年にわたり、アメリカや西側諸国との関係改善を模索してきた。もちろん、それはアメリカ主導の制裁を終わらせるためではあった。

しかし、18年に当時のドナルド・トランプ米大統領が核合意からの離脱を決め、アメリカはイランに追加制裁を科した。

イランは著しく高まるアメリカの敵意を目の当たりにして、自分たちが合意を遵守しても何の利益も得られないと判断し、核燃料の加工と核兵器製造能力の開発を再開した。そして、西側諸国との融和を探る代わりに、ロシアや中国との戦略的関係の緊密化を目指した。

ライシの葬儀に参列したハメネイ(テヘラン、5月22日) LATIN AMERICA NEWS AGENCYーREUTERS

22年にロシアがウクライナに侵攻し、アメリカがロシア、イラン、中国に対する制裁を強化すると、イランはロシアや中国との連携をさらに鮮明にした。

ライシがこのような文脈でロシアや中国と距離を縮めたのは、トランプと米共和党の自滅的な鈍感さがもたらした直接的な結果であって、ライシやイランの背信から始まったわけではない。

トランプによる核合意からの離脱が戦略的な惨事を招き、より危険で分断された世界が生まれた。敵意を強めたイランは、今や核兵器を製造する能力を持ち、アメリカと敵対する2つの大国と次第に歩調を合わせている。

次期イラン大統領はこうした政策を継続すると考えられる。また、ロシアや中国と経済的・戦略的な連携を維持し、最終的に核兵器の開発を決断するかもしれない。

ライシは革命に基づく神権政治を堅固なものとし、より厳格な社会政策とより積極的な対外政策で再活性化しようとした。しかし、次期大統領は、国内で正統性と支持を破壊してきた政権の硬直さと統制を、かえって強める可能性が高い。

対外的には、代理勢力(彼らはイランに対する周囲の敵意を強め、地域戦争のリスクを高めている)を通じて、地域でさらに強硬な主張を続けるだろう。そして、ルールに基づく国際秩序に対抗して勢力圏を誇示する領土回復主義のロシアや現状を変更したい中国と、連携を強めるだろう。

イランのムッラー(宗教指導者)体制が硬化してクファール(不信心者)である西側の規範を敵視していることや、次世代の指導者候補がますます硬直化し保守化していることを考えれば、誰が次の大統領になるかはそれほど問題ではない。

革命防衛隊による支配は強まり、次の大統領はイランにとっても、ロシアと中国、退行する北朝鮮を除く地球上の全ての国にとっても、ライシより厄介な存在になる可能性が高い。

かつてCIA工作員だった私はある諜報活動がうまくいかない時期に私生活も破綻しつつあり、しかも上司の1人が私を破滅させようとしていた。そのとき親しい同僚でもある友人が、どん底の私を励まそうと声をかけてくれた。

「くよくよするな。今がどんなに悪くても、まだ最悪ではないのだから」

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