韓国・尹錫悦大統領 REUTERS

<総選挙で野党が地滑り勝利。インフレ、身内びいき、お粗末な失策の連続で、尹は負けるべくして負けた>

4月10日に投開票が行われた韓国の総選挙は、最大野党の「共に民主党」が圧勝。任期を3年残す尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領のレームダック化は避けられそうにない。

全300議席のうち「共に民主党」は175議席を獲得。与党「国民の力」は108議席にとどまった。前政権で法相を務めた曺国(チョ・グク)が立ち上げた革新系の「祖国革新党」(12議席)などを合わせて野党勢力は大きく議席を伸ばしたが、大統領の弾劾訴追や、大統領が拒否権を行使した法案の再可決、憲法改正案の可決が可能となる3分の2には届かなかった。

共に民主党は前回2020年の総選挙でも163議席を獲得し、保守系の野党勢力に大勝した。今回も国民の怒りと尹への反発を受けて単独で過半数を大きく上回り、尹は引き続きねじれ国会の対応を強いられることになった。

国民の力が今回も勝てなかった理由はたくさんあるが、特に重要な要因がいくつかある。そして、その大半は尹自身に帰するものだ。

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■大統領拒否権の乱用

元検事総長で法律の専門家である尹は、野党が支配する国会で可決された法案に対し、躊躇なく大統領拒否権を行使してきた。その数、大統領就任から2年間で9回。任期半ばで既に記録的な回数だ。

前大統領の文在寅(ムン・ジェイン)は、三権分立の下で大統領は国会の決定を尊重する必要があると考え、拒否権を行使したことはなかった。文の場合、自身が代表も務めた共に民主党が支配する国会と協働できるという利点もあった。

野党勢力が可決した法案の中でも、今年1月に尹の妻の株価操作疑惑を政府から独立した特別検察官に捜査させる法案に拒否権を行使したことは、国民から強い批判を浴びた。大統領が家族や側近が関与する不正疑惑を捜査させる法案に拒否権を行使したことは、過去になかったからだ。

また、誰かが犯罪を犯したら特別捜査に拒否権を行使する理由はないと尹が語っていたことから、大統領夫人は法律を超越する存在であると、世間に受け止められた。

その一方で、共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表はこの3年間に収賄を含む複数の罪で起訴されており、李の妻も公職選挙法違反の罪で起訴された。

尹が自分の妻を対象とする捜査に拒否権を行使したことに対し、国民の怒りは雪だるま式に膨らみ、身内と政敵に対するダブルスタンダードを批判されている。妻へのいかなる捜査も拒否する尹の態度は、多くの国民にとって受け入れ難いものだ。

スーパーを視察した尹はネギの特売価格を見て「妥当」と言い、反発を買った AP/AFLO

■インフレ対策の失敗

国民の力が敗北したもう1つの大きな理由は、尹政権がインフレ率を安定させることができずにいるからだ。韓国統計庁が3月に発表したデータによると、2月の消費者物価指数は生鮮果物が40.6%上昇。リンゴは71.0%、ナシは61.1%の上昇となった。

ソウルの主婦カン・ヒョンソク(47)は次のように語っている。「地元の市場で信じられないような値段の果物を見て、諦めて家に帰ったことが何度あったか分からない。子供たちのために果物を買うことをためらわなければならないなんて、惨めでしかない」

尹の「長ネギ失言」も、庶民の感覚に対する無知をさらけ出し、人々の怒りをあおった。3月にスーパーを訪れた尹は、1束875ウォン(約97円)の長ネギを見て「妥当」な値段だと語った。ただしそれは特売品で、大半の国民はその値段で買える機会はほとんどない。

■研究開発予算の削減

尹政権はインフレ率を安定させると宣言する一方で、24年度の国家研究開発予算を14.7%削減した。これは1991年以来の決定で、IMF危機の最中にも、韓国政府は研究開発予算を削減しなかった。科学技術界からは、資金がなくなれば進行中の研究プロジェクトに影響が出かねないと懸念の声が上がった。

尹は科学者の怒りを鎮めるために、翌年以降の増額を約束した。しかし、政権に批判的な人々に言わせれば、こうした手のひら返しは、そもそも削減したことが不必要であり思慮不足だったという意味でしかない。

高いインフレ率を中心とする経済問題が、尹政権の過去2年間の失敗を罰しようとする穏健派の票を共に民主党に流れ込ませる原動力になったことは明らかだ。

■研修医のスト

韓国を騒がせているもう1つの主要な問題は、今も続行中の医師のストライキだ。発端は、尹政権が今年2月に医学部の定員を2000人増員すると発表したこと。韓国には医学部のある大学が40あり、現在の定員は合計3058人だが、増員後は5058人となる。

増員計画が発表されるや、研修医らが撤回を求めてストを決行。大学病院は手術の延期を余儀なくされるなど、医療現場に混乱が広がった。

政府としては医師を増やして農村部の医師不足を解消したい考えで、計画が実施されれば35年までに医学部の卒業生は1万人増えることになる。

尹政権は譲歩の余地はないと主張、スト参加者の医師免許を剥奪すると脅しをかけた。増員は過去18年間実施されておらず、尹は何としても実施する構えだ。

とはいえ競争激化で収入が減ることを警戒する医師たちは頑強に抵抗していて、計画実施の見通しは立っていない。

世論調査では増員計画は国民の圧倒的支持を得ているため、研修医のストが選挙結果に影響を与えたとは考えにくい。だが与党が大敗を喫した今、共に民主党は政府に代わって争議の仲介役を買って出るとみられる。

その場合、共に民主党は研修医の立場に配慮し、増員数を減らすよう政府に働きかけるだろうが、尹政権が野党の調停案を受け入れることはまずあり得ない。

■大統領の過剰警護

今年1月に行われた式典で、野党・進歩党の姜聖熙(カン・ソンヒ)議員は会場を埋め尽くした政界関係者と同様、尹と握手を交わし何かを訴えた。数秒後、彼は大統領の警護員らに手で口を塞がれ、数人がかりで担ぎ出されるようにして、有無を言わさず会場から引きずり出された。

これについて大統領室はルールにのっとった対応だと主張したが、国内のニュースサイトで公開された動画を見る限り、姜はただ尹に話しかけただけだ。危険を及ぼすような行為や式典を妨害するような行為はしていない。

国立の工科大学・韓国科学技術院(KAIST)で2月に行われた卒業式でも、尹が祝賀スピーチを行っている最中に大声を上げた学生が大統領警護隊に無理やり引きずり出される騒ぎが起きた。

警護員らは式服を着用し、卒業生の列に紛れ込んでいた。そして学生が叫ぶと、即座に飛び付いて身柄を確保した。

こうした騒ぎは尹のイメージを悪化させるだけだ。反対意見に耳を貸さず、力ずくで批判を抑え込む強権的な指導者とみられても仕方がない。特に言論の自由を重視するリベラル派は大統領の過剰な警護に強く反発している。

■離党者の当選

リベラル派の共に民主党が有権者の圧倒的な支持を得るなか、与党・国民の力の幹部らをさらに悔しがらせる大逆転劇が起きた。国民の力の党首の座を追われ、離党した李俊鍚(イ・ジュンソク)は、22年の選挙で大統領候補の尹の陣営と地元の国会議員候補の陣営を率いた人物だ。その李が新党を結成し、今回の選挙では首都ソウル南西の華城市の選挙区から出馬。大方の予想を裏切って当選を果たしたのだ。

尹とたもとを分かった李俊錫(中央)は新党から出馬、当選を果たした YONHAP NEWS/AFLO

投票日までの数週間、李は支持率で共に民主党の対抗馬の後塵を拝していた。だがフタを開けてみれば、得票率3.38ポイント差で議席を獲得。勝利演説で李は尹に呼びかけた。私がなぜ国民の力を離党し、新党を結成して選挙に出なければならなかったか、胸に手を当てて考えてみろ、と。

李に言わせれば、尹は党の若き指導者だった自分を蹴落として党首の座に居座った憎き敵だ。李が離党後に結成した「改革新党」は今回の選挙で3議席を獲得できた。

韓国では今回の選挙で与党が惨敗したのは、大統領の不人気のせいだとみる向きが多い。離党した李が勝利したことで、尹がいなければ、与党候補はもっと票を伸ばせたとの声がますます高まりそうだ。27年3月の次期大統領選をにらんで、与党内の主流派はもはや「外様」の尹に遠慮せず、勢力拡大を目指すだろう。

■レームダック化

4月11日に韓国メディアは、韓悳洙(ハン・ドクス)首相と大統領の補佐官らが今回の選挙の敗北の責任を取り、辞意を表明したと伝えた。尹政権は新たな顔触れで出直しを図ることになる。

国民の力の暫定代表である韓東勲(ハン・ドンフン)も11日の記者会見で辞任の意向を明らかにした。韓暫定代表は、国民の力の次期大統領候補として最有力と見なされていたが、今回の惨敗で党員の「韓離れ」が進む可能性もある。

国会の過半数議席を確保できなければ、尹は与党を離党するのではないかとの見方もあったが、この記事を書いている時点ではそうした兆候は見られない。

共に民主党の李代表は地滑り的勝利で党内の求心力を高め、「3度目の正直」とばかりに27年の大統領選に挑むだろう。現時点では党内の指名争いで李の有力な対抗馬になりそうな人物はいない。

尹の首席補佐官は共に民主党をはじめ野党との協調の道を探りたいと述べているが、前例を見る限り、共に民主党と尹政権の政策協力は望めず、尹が今後3年間レームダック状態に陥るのはほぼ確実だ。

共に民主党が多数議席を占める国会では、尹の妻の疑惑を捜査する特別検察官任命法案が再び可決されるだろうが、今度もまた尹が拒否権発動でこの法案を葬り去るのは火を見るよりも明らかだ。

From thediplomat.com

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