ロシア軍の攻撃を受けたハルキウで救助作業に当たる隊員 UKRINFORMーNURPHOTOーREUTERS

<ロシアの攻勢でハルキウは危機に直面...バイデン政権の制限が問題視される理由>

2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したとき、ロシアと国境を接することで真っ先に標的になった地域の1つであるハルキウ(ハリコフ)州。ウクライナ軍の必死の抗戦でロシア軍を撤退させた象徴にもなった地域だが、ここへきてロシアが新たな攻撃を仕掛けている。

ロシア軍は5月10日、大規模な越境攻撃を開始。ウクライナ第2の都市である州都ハルキウの攻略を狙っているとの見方もある。ウクライナ軍が欧米諸国からの武器の到着を待つなか、ロシアの攻勢は増しているようだ。

14日には、ハルキウに近い前線の要衝ボウチャンスクからウクライナ軍が撤退。国家非常事態庁によると、既に住民8000人以上が避難した。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が外国訪問をとりやめ、急きょハルキウを訪問して軍を激励するなど、ウクライナ側の危機感は強い。

軍備面でも兵力でも劣勢に立たされるなか、ウクライナ政府内ではいら立ちが強まっている。ロシアがハルキウ州で戦術的に重要な前進を遂げたのは、米バイデン政権がウクライナにロシア側への越境攻撃を事実上禁じているためだと考えているからだ。

ウクライナ軍にとって、ハルキウに攻撃を仕掛けてくるロシア軍の拠点は目と鼻の先にある。正確な位置も把握している。それなのに米政府は、アメリカから供給された武器をロシア領内の標的攻撃に使用することを認めないと、ウクライナ政府関係者は言う。

「簡単に仕留められるのに、許可がない」と、ゼレンスキーの側近で「国民の公僕」党幹部のダウィド・アラハミヤ議員はこぼす。ロシアは、「われわれにこの政治的な制約があることを知っている。だからロシア領内に攻撃の指揮系統を置いているのだ」

戦いたくても武器がない

米政府がこの制限を解除すれば、「ハルキウの現在の苦境は解消するだろう」と、アラハミヤは悔しさをにじませる。「ワシントンが(隣の)バージニア州から攻撃を受けているのに、バージニアとの対立がエスカレートするのは困るから反撃するなと言っているようなものだ」

ウクライナ訪問中のアントニー・ブリンケン米国務長官は15日、アメリカの武器を使用する方法に制約はないとドミトロ・クレバ外相に語ったが、ウクライナ政府関係者は米政府の方針に変更はないと主張する。

米国家安全保障会議(NSC)の関係者も、ウクライナがロシア領内を攻撃することは奨励しない、または許さないというアメリカの立場に変更はないと内々に語った。

「(ロシアの首都)モスクワを攻撃したいと言っているのではないのに」と、ホロス党のオレクサンドラ・ウスチノワ議員は悔しそうに語る。

避難のためのバスを待つ住民 VALENTYN OGIRENKOーREUTERS

ウクライナ政府関係者は、ロシアは2年前のようなハルキウの占領ではなく、空爆で街を徹底的に破壊しようとしていると懸念する。ワシントンのシンクタンクである戦争研究所(ISW)も、ロシア軍はウクライナ領内に深く攻め込むよりも、国境に緩衝地帯をつくることに重点を置いているようだと分析する。

とはいえ、ロシア軍はハルキウのすぐ隣のボウチャンスクやブグルワトカなどに、ライフル大隊や戦車隊を送り込んでいる。このためゼレンスキーは15日、対話アプリ「テレグラム」に投稿した動画で、F16戦闘機の供給拡大を欧米諸国に訴えた。

ロシア軍は戦術的な適応も遂げている。ウクライナ軍は2年前、アメリカが供給した高機動ロケット砲システム(HIMARS)など多連装ロケットシステムを駆使して、ロシア軍をウクライナ領から押し戻すことに成功した。当時のロシア軍には、欧米の兵器に対する戦術的な備えもなかった。

だが今、ハルキウ攻撃の拠点はロシア領内にある。このためウクライナ軍は、米陸軍戦術ミサイルシステムやイギリスの「ストームシャドー」とそのフランス版であるSCALP-EGといった射程の長い巡航ミサイルを(大量ではないが)保有しているのに、使うことができない。

武器の不足も深刻だ。ウスチノワによると、ウクライナ軍では10個大隊が新たに編成され、戦闘態勢は整っているのに武器がない。

ウクライナの議員らは、防空能力が圧倒的に不足しているため、都市はもちろん最前線の部隊も援護できないと嘆く。アメリカの対空防衛システム「パトリオット」が計4基(ドイツから3基、オランダから1基)追加供給される予定だが、米政府はそれ以上の提供を予定していない。

「このままではハルキウはマリウポリになってしまう」と、ウスチノワは語る。ウクライナでも有数の工業都市だったマリウポリは、ロシア軍により徹底的に破壊され、ロシアへの併合を宣言された。

From Foreign Policy Magazine

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