膨大な人口を養うには製造業の振興が不可欠だ(写真は南部チェンナイにあるルノー日産の自動車工場) DHIRAJ SINGHーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
<大企業優遇、根強い保護主義、政治の不安定......だからインドは製造業大国・輸出大国になり切れない>
果たしてインドは「次なる中国」になれるのだろうか?
中国経済の失速を尻目に、インド経済の将来については世界中で楽観論が広がっている。もはや一部民族主義者の妄想と片付けるわけにはいかない。今のインドは世界中で、大国の一員と見なされている。
この四半世紀を振り返れば、インドではインフラ整備の遅れが成長の足を引っ張ってきた。国内製造業のニーズを満たすに足りない状況で、外国企業の誘致もままならなかった。それでも2014年にナレンドラ・モディ率いるインド人民党(BJP)政権が発足して以来、デジタル面のインフラは見違えるほど充実した。今では庶民の多くが日々の買い物にオンライン決済を利用している。
こうした改善につながる政策の多くは前政権の時代に始まったものだが、モディ政権下で改革が加速されたのも事実。そうした努力が、いま実を結びつつある。
まず、技能サービスの輸出が勢いを取り戻した。この分野は21世紀初頭に最初の盛り上がりを見た後、08~09年の世界金融危機を経て足踏みが続いていたが、ここへきて復活の兆しがある。
インドの技術者といえば、以前は初歩的なプログラマーやコールセンターの要員がほとんどだった。しかし今は高度な技能を持つアナリストを輩出しており、多くのグローバル企業に重宝されている。例えば米金融大手のJPモルガン・チェースはインド国内で5万人以上を雇用している。ゴールドマン・サックスはインド南部バンガロールに、ニューヨーク本社に次ぐ規模のオフィスを構える。アマゾンやコンサルティング会社のアクセンチュアも同様だ。
国内で人口が最も多い(約2億4000万人)ウッタルプラデシュ州を見るといい。同州は開発が遅れていたが、今はインフラ整備と財政再建が進み、汚職や暴力も減っている。この調子でいけばもっと多くの外資を呼び込めるだろうし、そうなれば国全体の成長軌道も一段と上向く。
顕在化しない経済効果
それに、習近平(シー・チンピン)政権が3期目に入った中国では経済の減速が止まらない。その結果として資本の流出が顕著になっている。公式統計でも、家計を含めた民間部門の資金流出は690億ドルとされている。
このように、今のインドには好条件がそろっている。だが、まだ中国に取って代われる段階ではない。好ましい兆しは多々あるが、政策対応が不十分で、まだそれが経済データに反映されていないからだ。
そもそもインドの2010年代は「失われた10年」で、経済成長は鈍化し、構造改革は進まず、雇用の伸びも鈍かった。この負の連鎖から脱却できたと言い切るのは、現状では難しい。確かに新型コロナのパンデミック期からは抜け出し、経済は回復してきた。しかし、その実態には偏りがある。潤っているのは労働者より資本家、中小企業より大企業、非公式経済で働く大多数の国民より一部の中間層・富裕層だ。
今のインドは、中国経済の減速によってもたらされた新たなチャンスを生かし切れていない。モディ政権は製造業振興策「メイク・イン・インディア」を掲げているが、今までのところインド国内での生産能力を拡大させた企業は多くない。むしろ逆で、外国直接投資(FDI)の流入額は減る傾向にある。
外資が及び腰になっているのだろうか。いや、政府が製造業向けにインフラを整備し、補助金を出し、保護主義的な政策も打ち出しているのに、国内企業の投資意欲は乏しい。
民間部門の設備投資は10年代に落ち込み、今もそのレベルから回復していない。この状況が好転する気配はない。実際、23年に発表された新規事業の投資額は名目ベースで前年の水準を下回っている。
結果、非熟練労働力の雇用を創出する国内製造業関連の輸出は低迷している。世界金融危機以降、アパレルなど主要分野におけるインドの世界市場シェアは低下する一方だ。モディ政権も中央銀行も事態を深刻に受け止めている。中央銀行は先頃、民間部門が「一丸となって行動し」、公的投資の負担を軽減するよう促すリポートを発表している。
投資を阻害する3つの理由
民間企業はなぜ、目の前のチャンスをつかもうとしないのか。リスクが高すぎると考えるからだ。
主たる懸念は次の3つだ。まず、政策立案の「ソフトウエア」が相変わらず弱い。この国では公平な競争が望めない。少数の財閥系企業や一部の外資系大企業ばかりが優遇されるので、全体的な投資意欲が損なわれている。優遇されてリスクが減った企業は前向きに投資するが、競合各社はリスクが高まったとみて投資を減らす。州政府の意向で事業環境がころころ変わるようでは、普通の企業はやっていけない。
第2に、輸出を増やす必要性を十分に認識しているはずの中央政府にも内向きの体質が残り、保護主義に走って輸入障壁を築きがちだ。しかも今は国民の多くが、インドには巨大な市場と優秀な国内企業があるから(政府の支援さえあれば)外国企業に頼る必要はないと信じている。無理もない。政治がナショナリズムに傾けば、経済も同じ方向になびくのは当然だろう。
だが現実は厳しい。外資系企業がインドに売り込みたいのは中産階級向けの消費財だが、そうした分野の市場は決して大きくない。一方で保護主義的な政策が次々に打ち出されるようだと、いつサプライチェーンが寸断されるか分からず国内企業の投資意欲はそがれる。例えば、昨年8月に発表されたノートパソコンの輸入規制はIT分野の国内企業をパニックに陥れた。結果的に規制は緩和されたが、同様な規制は他の分野でも導入されているから、どの企業も安心できない。
そして最後に、政治の行方に関する疑問がある。たとえ経済環境に多少の問題があっても、政治が安定していれば投資は増え、経済成長も持続できよう。今のインドでは総選挙の投票が続いているが、取りあえずモディ政権は安泰に見える。だが国内の南北格差は深刻で、少数民族や非ヒンドゥー教徒の不満は高まっているから何が起きるか分からない。
かつて偉大な経済学者ケインズが言ったように、世に「不可避」なことなど存在しないが、「想定外」の事態はいつどこでも起こり得る。
そう、今のインドには確かに希望が垣間見える。しかしその未来には不安がいっぱいだ。
From Foreign Policy Magazine
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