被団協のメンバー以外も現地オスロで平和を伝えています。英語で証言する被爆者の小倉桂子さんが、ノーベル委員会の公式行事などで被爆証言しました。
【被爆者・小倉桂子さん(88)】(英語で証言)
「その瞬間、閃光がはなたれ、すべてが真っ白になった。何の色も無くなったの」
オスロ大学で開かれたノーベル賞の公式行事「平和フォーラム」。
NGO関係者や外交官などおよそ500人が集う中、小倉さんは、長崎の被爆者、朝長万佐男医師と共に証言しました。
【被爆者・小倉桂子さん(88)】(英語で証言)
「大勢の人が(被爆後)、私が住んでいる場所に来て死んでいった。傷もやけどもないのに死んでいった。私たちは理解できなかった。それは放射能が原因だったとは」
目に見えない放射能の怖さを強調した小倉さんは観客に呼びかけました。
【小倉桂子さん証言】(英語)
「私たちは戦争は嫌だと、最も悪いものは核兵器。それに対抗し戦わなければならない。それにはあなたたちの助けが必要。ともに動こうではありませんか。私たちは一滴の水ではない。水はいずれ大きな海となり、すべて大陸をつなげていきましょう。私たちなら核廃絶がいつか達成できると私は信じている」
(拍手)
【証言を聞いた人は】
「核兵器の活動に関して、今こそすべての人々への集合的な呼びかけるときだと思います。私は支持し、ほかの若い人につなげたい」
「彼女のメッセージは非常に重要。私自身は若い世代の教師です。住んでいるベルゲンという町に戻り、私の生徒へ、私たち全員が何かを成し遂げるんだと話すつもりです」
小倉さんは、その後、場所を移動し、高校生にも証言。
こちらでは、写真や絵を使って訴えました。
【小倉桂子さん】
「授賞式も含めて、今の世界状況も自分事としてとらえて、きょうを出発地点として歩んでもらわないといけない。私ができることは学者でもないし知識もないし、とにかくみんなをやる気にさせるそれ1点です。原爆で亡くなったおひとりおひとりの苦しみを私たちは自分のものとし、それを世界と共有しなきゃ。世界よ届け。世界に届けと思ってお話をさせていただくチャンスがあったんで、しあわせだなことだなと。(オスロで)いろんな経験をさせていただきました」
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