韓国国会で記者団に囲まれる国民の力党の韓東勲代表(12月6日) AP/AFLO
<非常戒厳(戒厳令)宣布から、弾劾訴追の採決に至る、大統領・与野党の指導者、軍を巻き込んだ政治闘争の裏側>
韓国与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は12月6日、3日の非常戒厳(戒厳令)宣布に伴い戒厳部隊が国会に派遣された際、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が呂寅兄(ヨ・インヒョン)防諜司令官に対し、韓自身を含む政治指導者の逮捕を命じたことを確認したと述べた。
この主張を最初に持ち出したのは、最大野党「共に民主党」の趙承来(チョ・スンレ)首席報道官だった。
趙は記者団に対し、戒厳部隊の3つの異なる作戦チームが禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長、李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表、そして韓を逮捕しようとしたと述べた。趙によると、これらの作戦の模様は国会内に設置された防犯カメラに映っていた。
国家情報院の洪章元(ホン・ジャンウォン)第1次官によれば、戒厳部隊が逮捕を試みた政治家はほかにもおり、全員が野党関係者だという。
尹は非常戒厳を宣言するテレビ演説の中で野党政治家、特に国会議員を「反国家勢力」と指弾。この措置を正当化した。洪によれば、尹は3日夜、「この機会に全員拘禁しろ」と洪に告げたという。逮捕リストの中で国民の力党のメンバーは韓だけで、与党代表と大統領との確執を示している。
韓は5日、7日に予定されている野党による弾劾訴追を断固阻止すると強調したが、6日の党の緊急会議では一転、弾劾という言葉は使わなかったが、「国を守るために尹大統領の職務停止が必要だ」と発言した。
韓の発言を受けて、同代表に近い与党議員の中には弾劾訴追への賛成を検討する動きが出た。大統領の職務と権限を直ちに停止するには、全300議席の国会で3分の2の賛成票が必要だ。
地元メディアが韓の尹に対する姿勢の変化を報じた数時間後、尹の求めに応じて両者は大統領府で会談した。だが会談後、韓は記者団に対し、大統領の職務停止を求める立場を変えるような尹の発言はなかったと述べた。韓はこの2日間の大統領との会談で、尹は非常戒厳宣布という事態の重大さを理解していないと確信したとみられる。
韓は党を崩壊から救うには尹と決別するしかないと考えているのかもしれない。2016年、国民の力党の前身に当たるセヌリ党は当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾訴追に反対したが、一部の派閥が離脱して弾劾を支持。党は大きなダメージを負った。
国防相代理の金善鎬(キム・ソンホ)次官は国会に対し、戒厳部隊に指示を出したのは辞任した金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相だと語った。戒厳部隊の司令官である朴安洙(パク・アンス)陸軍参謀総長は、部隊が国会で作戦に従事していることを知らなかったと述べた。
国会に派遣された戒厳部隊を指示・管理していた尹政権の中心人物が前国防相だったことを示す証言だ。戒厳部隊が中央選挙管理委員会の建物に入ったという現地報道もある。金国防次官は、尹政権の違法な非常戒厳宣言に責任を負う3人の軍司令官を職務停止処分にした。
だが、尹政権に強い不信感を持つ野党議員や多くの一般国民は、大統領が数日中に非常戒厳を再び宣言する可能性に備えるよう広く呼びかけた。
数カ月前、大統領は非常戒厳を宣言する可能性があると共に民主党の議員たちが警告したとき、大統領府と国防省、与党議員は「フェイクニュース」だと口をそろえて批判した。そのことを誰も忘れてはいない。
弾劾訴追の採決は12月7日午後に行われたが、与党議員のほとんどが退場して否決される公算が強まっている。(編集部注:採決では実際に与党議員のほとんどが退場したことにより、投票数が規定に満たず廃案となった)
※この記事はニューズウィーク日本版本誌12月10日発売号に掲載された記事です。
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